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Blue Rain

 

 

「再起不能?僕が!?」
クリストファー・フォードは衝撃に打ち砕かれた。
それは迂闊にも見舞いに来た友人が置き忘れて行った雑誌に書かれていた。
何気なく手を伸ばしパラパラ捲っていると、
テニスラケットを抱えた彼の顔写真が大きく掲載されていた。
そこには無情にも大きな文字が踊っていた。
『プロテニスプレーヤー、クリストファー・フォード、交通事故で再起不能!!』
「……何だって?!」
クリストファーの声は強張っている。
確かに彼は1週間前、友人が運転する車に乗っていて、事故に遭った。
対向車が突然こちらの車線に入って来たのを避けようとして、友人がハンドル操作を誤ったのだ。
気が付いた時は、崖下に車ごと転落していた。
運転していた友人は、ハンドルで胸を強打したが、幸い肋骨の骨折と頭を数針縫う怪我で、生命に別状は無かった。
クリストファーは両足の大腿骨を骨折した。
足が動かない事に気付くまでも無く、
彼は骨折のショック症状によって再び気を失っていた。
次に意識を取り戻した時は、病院のベッドの上だった。
複雑骨折だった。
何度かに分けて手術を行なうので、今シーズンは無理だが、来季にはまた試合に出場出来るようになる。
医師の説明はそう言った物だった。
しかし、その時横にいた両親の表情がおかしかった……。
父さんは唇を噛み締めていたし、母さんは泣きそうな顔をしていた。
それが何を意味していたのか、今初めて解った。
冗談じゃない!どうして僕が!!
クリストファーは腕に力を込めて、身体をずらした。
動かない足を地に付けて見る。
感覚が無い。まだ事故から1週間しか経っていないのだ。
無理に決まっている。
しかし、クリストファーは自分で確認したかった。
またテニスが出来るようになるって先生は言っていたじゃないか!
嘘だ!こんなの。
クリストファーは成す術もなく、冷たい床に崩れ落ちた。
顔を上げる事は出来なかった。
容赦なく突き付けられた事実に気付いて……涙が滂沱と溢れ出た。
止まらなかった。
どうしようもなく、涙が止まらなかった。
今は、誰もこの部屋に入って来ないで欲しい。
クリストファーは肩を震わせながら、拳を強く握り締めた。

 

 

元には戻らないが、ちゃんと歩けるようにはなる……。
あの後、彼が問い詰めた医師はそう言った。
傷が治ってから、リハビリを始めよう。
君は若いからきっと驚く程の早さでまた歩けるようになる。
医師はそう言って、クリストファーの肩を優しく叩いた。
クリストファーは誓った。きっとプロテニスプレーヤーに戻って見せる。
その為にも、と数回の手術の上、リハビリが出来るようになると、トレーナーがビックリする程、根を詰めて取り組み始めた。
だが……クリストファーが思う程にその快復は捗々しくなかった。
そんな折、『彼』がクリストファーの目の前に現われたのである。
血の滲むような努力の甲斐なく、思い通りに動かない両足にクリストファーは苛立っていた。
既に事故から半年。とっくにシーズンは佳境に入っている。
今頃、コートの上で縦横無尽に走り回っている筈だった自分を想像するだに、遣り切れない思いで胸が壊れそうになった。
リハビリを終え、車椅子に乗せられた処で、クリストファーは介護人に『1人にしてくれ』、と頼んだ。
未だに人の手を借りなければ車椅子にすら乗る事の出来ない自分が忌々しかった。
そのまま車椅子で病院の裏庭に出た。
何時の間にか夏が終わっていた。
最近では友達の見舞いも拒絶しているクリストファーは、すっかり外に出る事も無くなっていたのである。
彼の周りだけ、時間が止まっていた。
クリストファーは両肘に力を込めて、落ち葉が敷き詰められた大地にその足を付けた。
半年前よりは力が入るようになっている。
トレーナーはそろそろ松葉杖に変えてもいいだろう、と言っていた。
それ程までに快復しているのなら、なぜ自分で車椅子にさえ、乗る事が出来ない?!
クリストファーの焦りは益々募るばかりだった。
しかし、実は彼の快復が遅いのは、心の問題がそれを阻んでいるからだと言う事にクリストファーは気付かなかったのである。
どこかで、テニスが出来なくなってしまった事に絶望している彼が、自分自身の前進を妨げていた。
医師はそれに気付いている。
何とか彼を前に進ませようと努力してくれていた。

 

 

大地に付けた両足に精一杯の力を込め、クリストファーは両手を解放した。
立つ事は、出来る。
しかし、その先が一歩も前に進む事が出来ない。
前に進もうと片足を持ち上げれば、その瞬間にバランスを崩してしまう。
今もそうだった。彼は落ち葉の中に身を崩した。
「くっ……」
悔しさを唇を噛み締めて堪えた。
「クリストファー・フォード君、だよね?」
そんな時に彼に手を差し伸べて来た、同年代の若い男がいた。
「パパラッチならお断りさ!さっさとあっちへ行ってくれっ」
クリストファーは強く拒絶した。
こんな自分を見られたくはないし、他人と拘わりたくもない。
「違うんだ。僕は半年後にデビューが決まっているロックバンド『ヴェガ』のヴォーカリストさ。君がまだバンド活動をしていた頃、良くライヴハウスやコンテストで一緒になっただろう?忘れたのか?」
若い男はアルフレッドと名乗った。
差し伸べた手は引っ込めていた。
「アルフ……あの伯爵家の御曹司か?」
「その呼ばれ方は余り好きじゃないんだけど…まあ、そうだな」
「って、その御曹司が僕に一体何の用なんだ?からかいに来たのか」
クリストファーはほって置いてくれ、と言いたげな顔でそっぽを向いた。
「わざわざ用もないのに、こんなしみったれた病院まで足を運んで来るかよ」
アルフは軽くウェーブの掛かった長い前髪を掻き上げた。
「スカウトに来たのさ」
真っ直ぐな目で覗き込まれた。
「君のギターが好きなんだよ」
アルフの話によると、彼らのバンド『ヴェガ』は半年後にメジャーデビューを果たす事になっている。
処が此処へ来て、バンド内のトラブルからギタリストが脱退した。
自分達は今、
クリストファーを必要としている。
アルフはそう言った。
「待ってくれ。僕はテニスプレーヤーとして復帰を果たそうとしているんだ。ギタリストだなんて……!」
クリストファーはうろたえた。
自分の未来として、そんな姿を描いた事は1度として無かった。
バンド活動も半ば遊びとしてやっていたつもりだ。
「今、全英で報道されている事実は知っているだろう?
 君には悪いけど、テニスプレーヤーに拘るばかりに自分の将来を潰してしまう事にならないだろうか?」
両親は決してクリストファーに彼の記事が出ている新聞や雑誌を彼に見せないようにしていたが、それでも病室の外に出れば他の患者や見舞客が手にしている新聞の見出しなどは目に入って来る。
自分に対する報道の内容を知らないではなかった。
『必死のリハビリも不調!クリストファー・フォード、未だに車椅子生活!』
などと言う記事が昨日も写真入りで掲載されていた。
クリストファーがアルフをパパラッチ扱いしたのも当然なのである。
「半年あれば、君も歩けるようになるだろう。
 ステージ上では走り回る必要はない。演奏だけに没頭してくれればいいんだ。
 嫌いじゃない筈だよな?ギターを……」
「…………………………」
クリストファーは答えなかった。
ギターは嫌いではない。むしろ好きだった。
でも、今はテニスとそれを天秤に掛ける事なんて自分には出来ない……。
「また、来るさ。近い内に。今度は病室を訪ねてもいいだろう?」
アルフは自信有りげだった。
それ以上は何も無理強いせずに、黙ってクリストファーに肩を貸し、車椅子に乗せるとそのまま背中を見せて、遠ざかって行くのだった。

 

 

1ヶ月後、アルフは荒療治に出た。
彼のバンド活動に理解が深い父の力を借りて、まだ車椅子のクリストファーをスタジオに連れ出したのだ。
そこで待っていたのは、彼の気のいい仲間達。
キーボードのハンス、ドラムスのベンジャミンだった。
アルフはいきなりクリストファーの前に譜面を突き出した。
「ちょっとこれを弾いてみてくれないか?」
昔クリストファーが欲しかったオールドのエレキギターを車椅子の彼に抱かせた。
楽器屋で試奏して、その音色に惚れた事を思い出す。
ちょっと演ってみようか。記憶がクリストファーの心を動かした。
曲はローリングストーンズだった。
ギターに触るのは随分久し振りだったが、
彼の指はすんなりと弦の上を滑った。
その内、ハンスとベンが合流して、アルフがその魅力的な声で歌い始める。
ハンスはクラシックから入っており、繊細な音色を奏でた。
ジャズの素養も持っていて、曲によって変幻自在の演奏を聞かせる。
ベンは黒人で、生まれつきのリズム感でバンドをリードする。
何てしっくり来るんだろう?
何て気分が良いのだろう?
クリストファーはアルフの術中に嵌った、と後に述懐している。

 

 

5ヶ月後、心身ともに『ヴェガ』の一員となったクリストファーは、彼らと共に『Blue Rain』と言うミディアムバラードの曲でデビューを果たした。
詞はヴォーカルのアルフが書き、曲はキーボードのハンスが付けた。
アルフはこの曲の詞に。クリストファーへのエールを盛り込んでいた。
『華麗なる転身』と騒がれたものだ。
誰もが驚き、喜んでくれた。
足には少し障害が残ったが、立ったままでの演奏は勿論、歩行にも支障が無いまでに快復していた。
アルフの荒療治は、クリストファーの心と身体の両方に良い効果を齎したようである。
『ヴェガ』のその後だが、絶えずヒットチャートを賑わす目覚しい活躍振りを見せている。
クリストファーも今では生まれ変わったかのようにギターにのめり込み、バンド活動を満喫していると言う。
そして、『Blue Rain』は彼にとって、忘れられない大切な曲になった。

 

 

− 終わり −

 

※この作品は120000hitのkyukyu様からのリクエストにお応えしたものです。
 以前同人誌に描かれた漫画の登場人物をモデルにして書かせて戴きました。
 バンド名、ヴォーカルのアルフの名前はkyukyu様が考えられた物。
 他のメンバーの名前は一任されましたので、私が付けさせて戴きました。
 クリストファーの足の設定もkyukyu様によるものですが、事故の事など細かい
 部分は勝手に設定しました。
 クリストファーは一時期kyukyu様のサイトのTOPを飾っていたギタリストのお兄さんです。