クリスマスパーティーは危険な香り

 

 

若い女性が好んで読む所謂ファッション雑誌。
世間にはかなり溢れているが、その雑誌にひっぱりだこの在日外国人モデルがいる。
1人はライトブラウンの豊かなウェーブヘアを軽く後ろで束ねているハワード。
端正な顔に似合わず関西弁を操る彼は、雑誌でのイメージよりは気安く話が出来そうなタイプである。
スラリと背が高くスタイルに無駄が無いのは、モデルと言う職業柄当然と言えば当然だ。
もう1人、彼と人気を二分するのがアンドリュー。
彼は美しいストレートの銀髪を持つ個性的な男だ。
背はハワードと同じ位か。
ハワードの優しげな容貌に対して、意志の強そうな顔立ちをしている。
この対象的な2人は良く撮影で一緒になる事が多かった。
最初はライバル心をお互いに燃やしていたのであるが、何度も顔を合わせる内に自然に打ち解けた。
年齢も近い。ハワードが少し年上だが、撮影が終わると連れ立って遊びに出掛ける事もしばしばだった。
目立つ2人だから遊ぶのは専ら夜だったが、それでも最近の若い女性は夜遅くでも外出している事が多いので、たまには騒ぎになる事もあった。
お陰で2人はスタイルを維持する為に通っているジムで、逃げ足も鍛える事になった。

 

 

その日、12月も後半に入った頃、雑誌社のクリスマスパーティーに2人は招待されていた。
このパーティーの模様も雑誌に掲載されるらしい。
2人はそれぞれにクリスマスパーティーに相応しい装いを凝らして出席した。
最近は私服にも凝らないと、マスコミのチェックが激しい。
彼らのファッションセンスは常にチェックされているのだ。
2人は今回のパーティーの為にわざわざスタイリストを付ける事はしなかった。
自分なりの工夫を施している。
人気モデルが2人揃って会場に現れたとあって、激しいフラッシュの放列に遭う。
うんざりしながらも笑顔でそれに応え、漸く解放された2人は会場の奥に陣取る。
「まだ眼がチカチカしているよ。慣れているとは言え、これだけ連続でやられちゃ敵わないね」
アンドリューが早速眼を瞬きながら呟いた。
その眼は好物の寿司を探している。あるある!
残念ながらもう1つの好物の納豆はクリスマスパーティーの場に相応しくないのか、出されていないけれど……。
「うなぎとラーメン、やっぱりあらへんな」
残念そうなハワード。
すっかり日本人的食生活に慣れている2人である。
取り敢えずは長い雑誌社の連中の挨拶が終わり、乾杯になった。
シャンペンを掲げて乾杯のポーズをする。
いよいよ、立食形式での食事が始まった。
歓談の声があちらこちらで上がり始める。
食べ易く切り分けられたローストビーフが豪華な皿に乗せられている。
まずはそれをアンドリューがハワードに取り分けてやり、自分の分も皿に移した。
さすがに一流のシェフを使ってのパーティーだけあって、美味である。
立食の為、箸が配られていたが、2人には扱いにくいのではないか、とボーイが気を利かせてフォークを持って来てくれた。
しかし、黙ってハワードとアンドリューが器用に箸を使って見せると、一礼してそのまま下がった。
丁度その時、2人に後ろから声が掛かった。
「あら?ハワード!アンドリュー!」
親しげに声を掛けて来たのは、今年御年50歳をお迎えになられたと言う有名女優だ。
名を春名美香と言う。
背中まであるダークブラウンに染めた髪を大きなソバージュヘアにし、夜のパーティーを意識してか、肩から胸元を露出した派手なワインレッドのロングドレスを身に纏っている。
まるで我こそが今日の主役と言わんばかりだ。
とても50の声を聞いたとは思えない妖艶さと凄みを持ち合わせたベテラン女優である。
結婚はしておらず、恋多き女で有名だった。
以前、ある場所で飲んでいた2人は、失礼にも彼女からホストと間違えられた。
「本当にあなた達、モデルだったのね?」
彼女の眼は既に酔っている。頬が良い色に染まっていた。
ハワードもアンドリューも彼女の事は余り好きになれなかった。
社交辞令的に挨拶を交わしながら、ハワードは彼女の後ろにいるボーイの顔に既視感を覚えて、一瞬その顔を見詰めた。
ボーイはさり気なく絡まったその視線を外した。
アンドリューがハワードの耳元に女優の悪口を囁こうとしたその瞬間、バチッと言う音がして、照明が全て落ちた。
会場の中心にあるクリスマスケーキに灯された蝋燭の灯り以外が途絶えた。
ハワードとアンドリューは『グサッ!』と言う実に嫌な音を聴いた。
そして、『ウッ!』と言う低い女のうめき声、人が倒れる『ドサッ』と言う音、誰かが人々の間を抜けるように走り去る音も。
そして、血生臭い空気が2人の鼻腔を付いた。

 

 

ブレーカーが何者かによって下げられていた。
灯りが点くと、会場は大騒ぎになった。
2人が聴いた音は紛れも無く、刃物で人間の身体を貫いた音だったのだ。
妙にあの時の生々しい音と血の臭いが印象に残った。
殺されたのは、たった今、彼らに声を掛けて来た春名美香だった。
場内はどよめき、悲鳴が溢れ、それからシンとなった。
誰もが余りの恐ろしさに凍りつき、クリスマスパーティーは魔のパーティーの思い出と化して、心に残る事だろう。
「皆さん、落ち着いて下さい」
暫くして、此処のホテルを管轄する三原署から刑事が数名駆け付けて来た。
春名が既に事切れている事は明白だったが、若い刑事が遺体の傍に肩膝を付き、頚動脈を確かめている。
もうどうやら蘇生措置も不可能なようだ。
その刑事は、傷は背中から心臓に達していると見て鑑識課員を呼び、立ち上がった。
「ユースケ!」
ハワードとアンドリューは同時に叫んでいた。
固いスーツに身を固めたその長身で美貌の刑事は、三原署捜査一課の風見祐介。
2人が以前ひったくりを捕まえて突き出した時に対応してくれた刑事だった。
とある夕方、街をいつものように連れ立って歩いていた2人が、助けを求める婆さんの声に気付いて、引ったくりを見事取り押さえたのだ。
スタイルを維持する為に通っているジムの帰りだった。
2人とも腕っぷしには自信があった。
祐介は2人に向かって頷いて見せると、仲間の刑事に2、3、指示を与えていた。
若いが職場では中核的役割を果たしているようだ。
彼はまず会場の隅に出席者と裏方全員を集め、此処から出ないようにと言った。
出入り口は既に警官が固めていて、外には誰も出さないようにしている。
「周りを見て、一緒に来た知り合いで居なくなっている方がいらしたら、正直に申告して下さい。招待客の皆さんについては、後で名簿をチェックすれば解りますから、隠さずに言って下さいよ」
何人か居なくなっている招待客は、いた。
途中退場した者もいるし、事件後怖くなって警察が駆け付けるまでに逃げ出した者もいる。
そう言った者達も追々調べられる事になるだろう。
30分程待たされた。その間に鑑識の作業は終わり、遺体が運び出されて行った。
そして、再び祐介が全員に声を掛けた。
「皆さん、隣の会場に移動して戴きます。此処と全く同じ造りの部屋に、テーブルと椅子を同じようにセッティングして貰いました。停電した時に皆さんがいたと思われる場所に立って下さい」
ブツブツ言う者もいたが、皆素直にその指示に従った。
少しでも早く解放されるには、それが一番なのだ。
ハワードとアンドリューもそれに従った。
知り合いのカメラマンが通りすがりにアンドリューに声を掛けて来た。
「アンドリュー、あの人と知り合いかい?本当に刑事なのか?」
「そうだよ。あの美貌に興味を持ったの?残念だね。正真正銘の刑事さんだよ。モデルになんかなってくれっこないね」
アンドリューは小さく笑った。
「何かおかしい事があったら、何でも言って下さい」
隣の会場に全員を移すと、祐介が通る声で言った。
ハワードが早速首を傾げる。
女優の後ろで見掛けたボーイがそこに居なかったのだ。
「ユースケ!此処にボーイが1人おった筈やねんけど」
ハワードが手を挙げる。
アンドリューはそうだったっけ?と言う顔でハワードを見る。
祐介が駆け寄って来た。
「此処、って…春名さんの丁度後ろ側辺りかな?」
「そやそや。どっかで見た顔やなぁ、思てん……」
顔に似合わない関西弁で、ハワードが考え込む。
「アンドリューは見たの?」
祐介に訊ねられたアンドリューは首を振った。
「あの女優の事が嫌いなんでね。ろくすっぽ顔も見なかったんだ。後ろに誰が居たかなんて、解らないよ」
「…………………………」
その間にも、ハワードは顎に手を当てたまま、動かない。
祐介は仲間に言って、会場にいる全てのボーイをハワード達の所に集めた。
「この中にいるかな?ハワード…」
「……………この中にはおらへんな」
全部を見回してから、ハワードははっきりと答えた。
ハワードは俯き加減に、春名と出逢った時の事を思い出そうとしている。
「そうや!あん時の連れや!」
祐介とアンドリューがハワードに振り向いた。
「アンドリュー、あれから何べんかあの女優におうた時、一緒に居てた若い男がおったんや!」
「ああ……あの精彩の無い奴?」
「せや、絶対にあの男や!」
ハワードは確信を持った顔で両手を叩いた。
「あの男がボーイのかっこで後ろに立ってたんや。俺と眼がおうたら避けよった」
「ハワード、アンドリュー、悪いけど、モンタージュ作成に協力して貰うよ」
祐介が2人の肩をポン、ポンと1度ずつ叩いた。

 

 

暮れも押し詰まったある日の夕方の喫茶店。
窓際の席にハワードとアンドリュー、そして風見祐介が座っていた。
祐介はスーツ姿、仕事を少し抜け出して来ているらしい。
目立つ3人組である。外で立ち止まって噂をしている若い女性達がいる。
店員に其処に案内されてしまったので仕方が無かった。
3人の前にはそれぞれ好みのコーヒーが並べられていた。
「折角のクリスマスパーティーが台無しだったな、2人とも。それにマスコミが煩かっただろ?」
祐介が微笑んだ。一仕事終えたリラックスした笑顔だ。
「犯人捕まったんだったね。やっとこっちも落ち着いて外出出来るよ」
アンドリューが嘆息した。
「2人の協力のお陰だよ。犯人は春名美香さんと付き合っていて、捨てられた新進俳優だった。彼は結婚まで思い詰めていたのに、春名さんは全くの遊びだった……そう言う事だ。ブレーカーを落としたのは、彼に金で雇われた中国人コックだった」
祐介は遣る瀬無さそうだ。
毎日事件を追っていれば、扱うのはこんな事件ばかりなのだろう。
「御礼と言っては何だが、2人にクリスマスプレゼントがあるんだ。もう大分遅いけどね」
祐介は細長い包みを2つ取り出した。
どうやらワインらしい。
「嫌いじゃないだろ?俺個人からだから、気にしないで受け取ってくれ」
祐介は優しく笑うと伝票を掴んで立ち上がった。
「じゃあ、仕事に戻らないと行けないので、俺はこれで」
「あ…遠慮せんと貰とくわ。ありがとな」
ハワードも立ち上がって、彼に右手を差し出して固い握手をした。
アンドリューもそれに倣った。
祐介が喫茶店のドアの向こうに消え、外の通りを姿勢良く足早に歩いて行くのが見えた。
すぐにその姿は2人の視界から消えた。
「あの男、役者やったんやなぁ。ほんま道理でボーイのかっこしてても違和感無かった訳や」
ハワードが呟いた。
「どちらにしてもクリスマスに嫌な思い出が出来てしまったな。折角ユースケがワインをプレゼントしてくれた事だし、これで今夜は飲み明かそうよ」
アンドリューがハワードの肩に手を乗せた。
「なぁなぁ、明日は昼から撮影が入っとるやんかぁ。飲み過ぎはあかんでぇ…」
「そんな憂い顔で撮影に臨むよりはいいんちゃうか〜?」
アンドリューはハワードの関西弁を真似した口調で彼の背中を叩いた。
ハワードは言われて初めて、自分が沈んでいる事に気付いた。
「よっしゃぁ〜!潰れてまうまで付き合うんやでぇ〜!」
2人は勢い良く夕陽に染まる街並みへと飛び出した。

 

 

− 終わり −

関西弁については、『夏海の遊び着』管理人@夏海様に監修・翻訳して戴きました。
夏海様、本当にどうも有難うございました。
全然解らなかったので助かりました…(^^ゞ

 

 

kyukyu様が11月20日に当サイトで100000hitをゲットされましたので記念のキリ番リクエストをお願い致しました。
その内容は下記の通りです。
実はハワードさん、本当は海賊さんの設定だそうですが、今回はちょっと違った趣向と言う事で……

アンドリューさんはきたこ@香野由布様(Web個人誌 雑紀帖がkyukyuさんにプレゼントされたカスタマイズドールです。
ハワードさんとアンドリューさんの2ショットはkyukyu様のサイトにございます。
またきたこさんのサイトにもアンドリューさんの画像がございます。
当サイトにはアンドリューさんの画像は掲載しておりませんのでご了承下さい。

なお、各キャラクターの設定に付きましては、kyukyuさんが生み出されたものであり、私、minakoの手によるものでは
ない事を此処に明記しておきます。

また、風見祐介は私・minakoのオリジナルキャラクターです。勝手にご一緒させて戴きましてすみません。(^^ゞ