DETECTIVE STORY

 

 

第1部 『 風が伝えた愛の唄 』 (4)

 

 

数時間後、祐介は『新栄物産』の応接室にいた。まだ昼前である。
かなり待たされた後、男が3人入って来た。
写真の男……牧田社長はその中にはおらず、例の2人とも別人である。
祐介は横柄な態度で出迎えた。今、彼は全く自分とは別の男を演じている。
「社長はまだか?俺は社長と話を付けたいと言った筈だが……」
祐介の問いに。3人の中のリーダー格らしき男が、ぶっきらぼうだが言葉だけは丁重に答える。
「私が……社長の牧田ですが」
祐介は足を組み、スーツの胸ポケットに挟んでいたサングラスをした。
レイバンのそれが、また妙に似合う。
サングラスの下から鋭い眼を男に向け、
「騙そうったって無駄だぜ。社長の面ぐらい割れている。大人しく社長を出しな!」
「貴様……一体何者だ!」
いきり立つ若い男を制して、先程の男が落ち着いた様子で祐介の前に立ちはだかった。
「失礼ですが……どちら様で。それによっては後日社長のスケジュールを取りますが?」
「これは名乗りもせずに失礼。私はこう言う者ですよ」
男は祐介が懐から取り出した名刺を受け取り、それに眼を落とした。
「フリー・ルポライター、風間祐司………?」
祐介はニヤっと笑って頷いた。
「……その、ルポライターさんが私どもの社長に何の用ですかね?我が社にはあなた方が喜ぶようなネタは何もありませんがね」
「社長に逢わせてくれれば、喋ってやるよ」
「社長は生憎、得意先との商談で外出しておりますが…」
「そうかな…?」
祐介は威嚇するような眼で、きつく男を睨んだ。
「隣の社長室に人の気配を感じるんだが……」
「あ、あれは、秘書の坂崎君だ」
「また……どこまでもお惚けになる」
「………………………………」
「まあ、いいでしょう。どうせ社長も隣で聴いている筈だから」
祐介はチラッと社長室側の壁を見ながら聞こえよがしに呟き、シナリオ通りの台詞を喋り出す。
短い時間で、彼は全てを計算し、緻密なシナリオを練り上げていた。
「……私の仲間に、桐生悟と言うのがいましてね。あなた方も良くご存知でしょう?……そいつが昨日、死んだんですよ。殺されたんです……あるネタを深追いし過ぎましたね………身の危険を感じた彼は、俺にある物を預けた………」
祐介は桐生の遺品であるライターを取り出した。同型だが本物ではない。本物は警察署から持ち出す訳には行かないからである。
しかし、見せる為だけの物としては、上等だ。
「な、何です?ただのライターじゃないですか」
「これが、あなた方の探していた物だとしたら?」
「男達の眼の色が変わったのを祐介は見逃しはしなかった。
「………マイクロフィルムが内蔵されていました」
彼らの反応を確かめながら、祐介は続けた。
「私は昨日、彼の死を知って、こいつを現像してみましてね……面白い写真でしたよ」
「ちょっ、ちょっと待って下さい。何で我々がそれを探さなけりゃあならんのですか?」
「昨晩、お宅の社員が桐生のマンションに来たでしょう?………マイクロフィルムを探しに寄越したんだとピンと来ましたよ。だが、それは空振りに終わった。私がブツを持っている訳ですからね。あいつの部屋をどんなに掻き回した処で、出て来る筈がない。おまけに刑事に尾行されて、カーチェイスを演じていましたね………アメリカ映画のワンシーンみたいで見物でしたよ」
祐介は愉快そうに言った。
「俺はその車のナンバーも控えている。あなた方がいくら否定しようと、調べは付いているんですよ。このビルの地下にある駐車場を見て来ましたがね………『新栄物産』の契約スペースにそれを見付けました」
「………………………………」
「………面白い写真と言うのを見たくはありませんかね?……ここの社長が写ってるんですが……皆まで言わなくても解るでしょう?」
彼らは祐介に写真を見せられるまでもなく、桐生にどんな場面を撮られたかを知っている筈である。
だからこそ、血眼になってフィルムを探し回ったのだ。
「はっきり言おう。桐生が追っていたのは、『新栄物産』の密輸ネタだ……これで解っただろう?俺がなぜ、ここに来たのか………」
祐介はサングラスを外して、鋭い眼光で相手の眼を射た。
「さあ。社長に出て来て貰おうか?」
………そこに、社長秘書らしい男−多分先程の話に出て来た坂崎だろう−がノックをして入って来て、リーダー格の男に耳打ちした。
男は苦い顔をしながらも頷き、秘書を下がらせた。
「……社長が時と場所を変えて、改めてお逢いしたいと言っている。ここでは充分なお持て成しも出来ないのでね……この紙に日時と待ち合わせ場所の地図が書いてある。読んだらこの場で焼き捨ててくれ」
祐介は一瞬でそれを脳裡に叩き込み、応接セットのテーブルに備えられているライターでゆっくりと炎を楽しむように燃やし、豪華な彫りのガラス製の灰皿の中にそっと置いた。
紙が紙でなくなるまでそれを眺めてから、徐ろに口を開いた。
「それで………社長はこいつにいくら金を出す?」
ライターを少し高く掲げて見せる。
「全ての写真とネガ、そのライター本体を持って来い。社長はそれを見てから、価値を決めるそうだ」
男の口調は初めとすっかり変わっている。
「まあ、いいだろう……俺は桐生みたいに殺されたくはないからな」
「殊勝な心掛けだ………だが、これだけは言っておこう。その桐生とか言う、お宅の仲間が死んだ事と、我々は全く無関係だ」
「フン、それはどうかな?」
祐介は再びサングラスを掛け、ライターを懐に仕舞って、応接セットから立ち上がった。
立ち上がると彼は本当に背が高い。
3人の男を見下ろす形で一瞥すると、かなりの威圧感がある。
「邪魔したな」
祐介は後ろ向きのまま、片手を上げて、ドアの向こうに消え去った。
「おいっ!あのノッポ野郎の身元を確認しろ!」
リーダー格の男は、ずっと脇にいた2人に命令した。2人は頷いて祐介の後を追い、出て行った。

 

 

祐介は尾行が着いているのを知っていた。
全ては彼が画策したシナリオ通りに運んでいる。
追っ手が自分を見失わないように、わざわざ目立つように無警戒を装って歩いた。
相手が少し遅れると、さり気なく時間を稼いで、追い付いて来るのを待つ。
そう………尾行がないと困るのだ。
シナリオが全てパーになり、彼の計画も先に進まなくなる。
彼はうまく追っ手を引き連れたまま、次の場面を演じる為に、決めておいた舞台へ上がる。
「待ちくたびれたわよ。来てる?」
女将が彼を見て、話し掛けて来た。
第2の舞台はここ、おばさんの小料理屋だ。
既に客を装った原がいて、祐介と眼と眼で頷きを交わす。
おばさんには勿論、事前に事情を説明し、協力を依頼してあった。
祐介は普通に軽い食事を摂り、男達に気付かれないように外を伺い、頃合を見計らってカウンター席から立ち上がった。
「じゃ、頼みます…」
「風見、他に仲間がいないとは限らない。襲撃される可能性もあるぞ」
原が眉を顰めながら声を掛けて来た。
「解ってる……」
そう言って、彼は計算通りに行く事を念じつつ、何事もなかったように店を出て行く。
……彼の後姿を見送ってから、追っての2人は店に入って来た。
原もおばさんも「来たな」と思いつつ、それを顔にも出さずに、ごく普通の女将と客の会話をしていた。
おばさんは身構えていた素振りも見せずに、彼らに声を掛ける。
「いらっしゃい!」
「定食2つね。それとビール」
「あいよっ!!」
おばさんはいつも通りの威勢の良さだ。
それが却ってさり気ない。
彼女がコップを2つ並べてビールを注いでやると、少し年の行った方の男が話し掛けて来た。
「なあ、女将さん…今、ここから出て行った男と擦れ違ったんだが、誰だったかな?どこかで逢った事があるような気がしてね」
おばさんはさっき逢ったばかりでしょうに…と思いつつ答えた。
「あれは風間さんですよ」
「風間……風間、何?職業は?」
「風間祐司。職業はルポライター……但し、三流だけどね」
「フーン………」
「あの顔で、あのスタイルでしょ?……ルポライターなんかやってるより、モデルでもやった方が絶対に儲けになるって、今日も言ってやったのよ」
定食のおかずを手慣れた手つきで拵えながら、おばさんは予定に無かった台詞まで付け加えた。
「ありがとう。人違いのようだな。ルポライターをやってる知り合いなんていない」
男はそう言うと、黙り込んだ。
後は、定食とビールを平らげ、2人は腰を上げた。
「ご馳走さん、金、ここに置いて行くよ」
「あいよ!またどうぞ!」
男達が出て行くと、おばさんは割烹着の袖に顔を埋ずめ、クックックッ…と笑いを押し殺した。
原が入口からそっと覗いて、彼らの姿が遠ざかるのを確認していると、祐介が裏の勝手口から入って来た。
「おばさん、サンキュー。助かりました」
「なかなかなもんでしょ」
おばさんは得意げに答えた。
「ええ……主演女優賞物ですよ」
優しく微笑んで、祐介はおばさんを誉めた。
「でも、面白かった!祐さんが言った通りの事を言うんだもの。あの男……」
祐介はその答えにまたおばさんが好きな微笑を返した。
「……で、どうだった?」
原の問いに祐介は振り返る。
「ああ……今の処、全てが計算通りに流れている。明日、社長が出て来る……向こうから時間と場所を指定して来た」
詳しい事は署で報告するから、と祐介はここで多くを語らず、おばさんの店を辞した。

 

− 第1部 (5) へ 続く −