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DETECTIVE STORY

 

 

第1部 『 風が伝えた愛の唄 』 (6)

 

 

「我々はこれから取引があるのでね。君の最後を看取ってやる事は出来ないが……まあ、悪く思わんでくれ給 え。2時間後に戻って来る頃には冷凍人間が出来上がっているだろうよ。せいぜい楽しみにするとしよう」
無情な笑い声が、ガチャンと外から鍵の閉まる音で、掻き消されて途切れた。
入口が閉められると更に倉庫内の温度は下がったように思われた。
祐介は少し喘ぎながら、霜の付いた腕時計を擦った。暗闇に眼が慣れて来ると、微かながら時間を読み取る事が出来た。
夕方の6時。
牧田と共にレストランを出たのが12時半を少し回った処であったから、少なくとも5時間はここに閉じ込められていた事になる。
祐介は少しずつ身体を動かしてみた。
手足の感覚は鈍り、余り思うように動かない。
彼は暗闇の中で、手探りで立ち上がった。
このままじっとしていても、また眠気に襲われるだけだ……今度眠ってしまえば助かるまい。
祐介は眠っては行けない、と自らに暗示を掛けるが如きに言葉に出して呟くと、まずは壁伝いに歩いた。
そして、先程数秒間光の洩れた入口付近を目標に進む。
真ん中を歩けば、ぶら下がっている冷凍肉にぶつかるだろうし、足元も危険だ。
壁伝いが一番安全な方法だろう。
やがて、そこだけ触った感触が違う所があった。
どうやらここが出入口らしい。
どこかに電気のスイッチがある筈だ。祐介はそれを探す。
手探りでスイッチを見付け、多少薄暗い感のある灯りを点けた。
それでも、今までが暗闇の中であったから、祐介の眼に許容量を超えた光が飛び込んだ。
眩しそうに眼を細めてから、彼は中側からドアを開ける方法を探したが、良そうに違わずそのような方法は見付からなかった。
試しに体当たりを試みたが、冷気を逃がさない頑丈な扉はびくともしなかった。
祐介は仕方なく諦めて、思ったよりも狭い倉庫内を見回した。
ふと、とある一角を積み上げられた木箱が占めているのに気付いた祐介は、身も心も凍り付きそうな冷気に耐え乍ら、そこへと歩いた。
木箱は釘で打ち付けてあるのだが、その内の1つに隙間を見出した祐介は、ポケットを探って、車のキーを取り出した。
キーは少しばかり曲がったが、隙間を10cm位に広げる事が出来た。
中に、ビニール袋に入った白い物が見える。
祐介はきちんと並んだビニール袋の内の1つをキーで破り、指に付けて少し舐めた。
それは……ヘロインに相違なかった。
「なるほど……やばい荷物を隠すには、絶好の場所だな」
牧田は2時間後にここへ戻ると言っていた。
あの時、18時であったから、彼らが戻るのは20時頃になるだろう。
ヘロインはまだ此処にあるのだから、恐らく取引相手を連れて来て、ブツの確認をさせる段取りに違いない。
時計に眼を落とすと18時45分。
それまでにはまだ75分もある。その75分間は地獄の苦しみになりそうだ。
祐介はとにかく木箱の隙間を閉め、開封していない箱と並べ替えた。
冷気は直接肌に突き刺さって来る。
そんな中、祐介はいつしか頭痛が遠のき、頭がボーッとして来るのを覚えた。
全身の力が抜けて行き、息苦しくなって、突然彼は崩れ落ちた。
自分が酸欠状態に陥り始めている事に祐介は気付いた。
ここは冷凍倉庫………換気の設備などある筈も無い。
『1時間以上の作業は厳禁!!』と書いたポスターが一方の壁に大きく掲げられている。
その文字が少しずつ揺らいで行き、彼はまた幻聴を聴いた。
そのメロディーが彼を現世に引き止めていた。
(あ……あの唄……昔聴いた……懐かしいあの…?)
祐介はふと思い出した。
(そうだ…この曲は………………)
そして、そのメロディーにダブって瞳の微笑が脳裡に浮かんで消えない。
(瞳、ちゃん……?)
祐介は苦しげに喘ぎつつ思った。
(そうか……君が俺の生命をこの世に繋ぎ止めていてくれるのか…?)
…………祐介は今初めて……自分にとって一番必要な物は何だったのか、理解した。
(死ぬ訳には……行かない。君に逢いたい…っ!)
祐介は朦朧とした意識のまま、ふらっと立ち上がった。
牧田が戻るまであと10分になっていた。
祐介は灯りを消す。再び倉庫内は暗闇に戻った。
彼はその暗闇の中で、弱った身体に闘志が湧いて来るのを覚えた。

 

 

同じ頃、捜査一課の刑事達は焦燥の色を濃くしていた。
あれから、ずっと聞き込み捜査に励んだのだが、祐介の消息は依然不明である。
時は無情にも刻々と過ぎ行き、彼らは祐介の身を心から案じていた。
そんな時、『新栄物産』を張り込んでいた原から連絡が入った。
『デカ長!痺れを切らして、丁度出て来た下っ端野郎を叩きました。勝手な行動をしてすみません。でも、ブツの隠し場所を吐かせました!』
「何っ?!」
沢木は色めき立った。
勿論、原の『勝手な行動』を咎める事はしなかった。
彼は椅子を蹴り倒すかと思う程の勢いで、上着を掴むと刑事部屋を飛び出して行った。
時計は19時55分を指している。
祐介が拉致されてから7時間を過ぎていた。

 

 

「しぶといデカだぜ。社長、どうします?」
仁科卓郎は、ぐったりしながらも耐え切った祐介を見下ろして、牧田に訊ねた。
彼らが出入りしたお陰で空気が入れ替わり、祐介の呼吸はかなり楽になっていた。
頭も少しすっきりして来て、またフル回転で考えを巡らせ始める。
(新顔は3人か。取引の相手だな……全部で8人。8対1か。分が悪いな…)
ましてや、祐介は拳銃を持っていない。
彼が手にしただけで、水を得た魚のように活躍するそれは、署の銃器庫で眠っている。
牧田は唾を吐きそうな顔で、祐介を睨み付けてから、仁科に振り返った。
「あとで心臓をぶち抜いて、海にでも放り込んどけ!」
仁科はニヤリと満足そうな笑みを浮かべ、舌なめずりをした。
「解りました。お楽しみは後に残した方が数段面白い」
(後回しにした事を後で後悔させてやる…)
祐介は内心で呟いた。
刑事は1度敵の手中にはまったら、もはや仲間の救出を当てにしてはならない。
祐介もそこのところをきちんと心得ていた。
……今なら、入口の鍵は開いている。
彼は先程、木箱を並び替えた時に、1つを動かせば積み上げられていたそれが全て崩れ落ちるように計算をしていた。
その一瞬の隙に入口から飛び出し、今度は逆に彼らを閉じ込め、沢木に連絡を取る。
そういう計画だった。
30分以内なら8人の大人数でもそう問題はあるまい。
そして、何と言っても、刑事が取引の『目撃者』なのだ。
祐介はまず、徐々に彼らの死角へと移動した。
酸欠を免れると、またしても刺すような冷気に全身を苛まれていた。
神経が麻痺し始めていたが、必死に這った。
「さて……ブツを見せて貰おうか?早い処、取引を成立させて、生き証人のデカを殺しちまった方が利口だぜ」
「全くだ……」
牧田は苦虫を噛み潰したような表情のまま、木箱に手を掛けた………
彼が木箱の下敷きになるのと、刑事達が踏み込んだのが殆ど同時であった。
「戯れはそこまでだな、牧田!」
拳銃を構えた沢木の声で、祐介の長い1日が終わった………

 

 

「全く……何て無茶な男なんだ…」
翌朝の警察病院の一室では、祐介が良く世話になる宮本医師が呆れ声で嘆いていた。
祐介は一晩ここに泊まった。
夜勤明けの瞳も駆け付けている。
「ところで………お前、酸欠状態で意識を失い掛けてる時、どんな気分だった?」
原が訊いた。
彼は退院する祐介を迎えに来ているのだ。
「どんなって……覚えてないな。……そうだ。瞳ちゃん…」
「え?」
「あの唄が聴こえていたよ。ずっと………そして、思い出したんだ。昔、聴いた覚えのある、愛の唄…」
「あら、私、丁度その頃、ぐずり止まない女の子にあの唄を歌って聴かせていたの……風見さんの所まで風が伝えてくれたのかしら?」
原は今、この場に戸田がいなくて良かった、と思った。
戸田が今の話を耳にしたら、きっとやっかみ半分にこう言うだろう。
『風が伝えた愛の唄、か……ちぇ、まるでどこかの恋愛小説だぜ…憎いぜこの野郎〜!』
原は1人でその様を想像して笑った。
笑いながら、重要な事を忘れていた事に気付く。
「あっ!おい、今日は射撃大会じゃないのかっ?!」
「そうだよ」
突然叫んだ原に、祐介は平然と答えを返した。
「そうだよ、ってお前……」
「実は…昨日の内に、デカ長に棄権の手続きを頼んだんだ」
「惜しいなぁ…実に惜しい。4年連続優勝が懸かってたのに………」
「いいんだよ…もう、疲れたし。回を重ねる毎に物凄いプレッシャーがあったし」
「堂々としてて、そんな風には見えなかったが」
「ところで、昨日から何も喰ってないんだ…」
「朝の病院食、喰わなかったのか?」
「寝てた。ぐっすりと」
祐介は久し振りに笑った。

 

 

署に顔を出すと、もう昼になっていて、祐介は原と連れ立っておばさんの小料理店へと出向いた。
戸田と早瀬は置いて来たので、今日は静かに食事を楽しめそうだ。
「2人だけで飯喰うのって久し振りだな」
と原が嬉しそうに笑い、今日だけは俺に運転させろ、と言った。
祐介は素直にその言葉を受け入れ、愛車のキーを車の屋根越しに原へ投げ渡した。
………おばさんはいつもと同じ笑顔で彼らを迎えてくれた。
ここが彼らの『もう1つの家』………帰る家庭のない祐介にとっては、唯一の暖かさを肌で感じられる場所だった。
これからはそれがもう1人増えるかも知れない……そんな予感が祐介には芽生えていた。
「梨樹から電話があったわよ。射撃大会、棄権しちゃったのね」
おばさんはちょっとばかり残念そうに言った。
「ああ……そうなんだ。こいつ、疲れたんだと!」
ただただ微笑を浮かべる祐介に代わって、原がお茶を啜り乍ら答えた。
「それでね………梨樹まで棄権しちゃったのよ」
「えっ!?」
祐介も原も同時に驚きの声を発していた。
「なぜ……風見が辞退した以上、優勝は間違いない筈………」
おばさんは微笑んで答えた。
「……だからよ。祐さんが出ないと聞いたら急に張り合いをなくしたって………来年こそぜひお手合わせしようって……言ってたわよ」
原は急に表情を明るくして、祐介に言った。
「お前、絶対に受けて立てよ!来年こそ」
「解ってるって!腕を磨いてその日を待ってる、そう梨樹に伝えて下さい」
祐介はおばさんに笑顔を向けた。

 

 

この時………まだ誰も知らなかった。
この後、祐介にどんな茨の道が待ち受けているのかを………………
神のみぞ知る哀しき運命。
それは余りにも残酷で………

 

− 第1部 終わり −