DETECTIVE STORY

 

 

第2部 『 出航(さすらい) 』 (1)

 

 

………1ヶ月後、11月も下旬に差し掛かろうとする頃に、悲劇は突然にして訪れる。
11月にしては暖かい朝だった。
三原署捜査一課では、朝から緊張感漂う捜査会議の真っ最中だ。
最初の事件は、昨晩遅く発生した。
強盗傷害の犯人の取調べが長引き、解散となったのは22時半を回っていた。
宿直の原優を残し、彼らは帰途に着く。
風見祐介は、少し残務整理を行なってから、他の者より40分位遅れて、刑事部屋を後にした。
立ち番の2人の警官に労いの声を掛け、愛車を停めている駐車場の方へ1歩足を踏み出した時だ………
1発の銃声が轟き、祐介の至近を凶弾が掠め、駐車してあったパトカーに突き刺さった。
エンジン部が直撃され、祐介の眼前でパトカーは爆発、炎上する。
祐介は数メートル吹っ飛ばされたが、幸いにしてかすり傷1つ無く、
「風見刑事!お怪我は?!」
と訊いて来た立ち番の警官に、
「大丈夫だ!それより、1人一緒に来てくれ。もう1人は消火を頼むっ!」
と言い置いて、向かいの6階建てのビルへと走った。
祐介は狙撃者を見た訳ではなかったが、射撃の名手としての彼は、弾道の角度から一瞬にしてそこを割り出したのだ。
立ち番の背が高い方の警官と、遅れて飛び出して来た原も彼に続く。
このビルはエレベーターが1基と中階段、外側に非常階段が1ヶ所ある。
「俺は非常階段から行く。原はエレベーター、君は中階段から上がってくれ」
祐介は制服警官にも指示をした。
「解った。これを持って行け」
原は、祐介に彼の拳銃を渡し、3人はそれぞれに別れる。
原は2階の刑事部屋から覗いて祐介の無事を見て取ると、彼が置いて行ったマグナムを銃器庫から取り出すのを忘れなかったのだ。
祐介は物凄い勢いで、非常階段を昇り詰め、各階の非常口のドアを確認しながら屋上に出た。
エレベーターで昇った原が先に到着しており、屋上側から非常階段の鍵を開けた。
そして、祐介に首を振って見せる。すぐに立ち番の警官も辿り付いたが、やはり人影とはぶつからなかった。
この屋上には何もないので、犯人は隠れようもない。
「非常階段の各階のドアは、全て内側からロックされていた………と、すると、犯人は堂々とエレベーターから逃亡したと言う事か」
祐介は苦い顔で呟いた。
彼が爆発で吹っ飛ばされたあの短い時間で、犯人は姿をくらました。
「どうやら、そうらしい」
原も頷く。
「とにかく下には警官が詰めている。既に逃げ仰せたなら別だが、念の為手分けして、1階から6階までの全フロアを虱潰しに当たろう」
「OK。気を付けろよ!お前が狙われたのかも知れんからな」
「解ってる………」
立ち番の警官は持ち場に戻らせて、祐介は1度エレベーターで1階まで降りた。
下の警官は誰も出て行った者はないと答えた。
祐介は頷き、1階から徐々に上の階へと上がって行く形で、オフィスからトイレまで徹底的に調べた。
オフィスは全て鍵が掛けられている。この時間、警備会社の人間でなければ開ける事は出来ない。
警備員は常駐ではなく、何かあった時にだけ、駆け付ける形になっている。
今、慌ててこちらに向かっている筈だ。
6階から段々と降りて来た原とは、3〜4階の間の非常階段でぶつかった。
やはり犯人はこのビル内には潜伏していないようである。
祐介は原を促して屋上に戻った。
祐介は懐から防犯用のミニライトを取り出し、辺りを照らした。余り光量はないが、何も無いよりは良い。
「へえ……お前、いいもん持ってるじゃないか」
「まあね……」
祐介はやがて側溝に落ちているある物を照らし出した。
三原署に対する位置から見て、狙撃地点は此処に間違いあるまい。
「ライフルの薬莢じゃないか?」
原が覗き込んだ。
「ああ……余程慌てていたな。少なくともホシはプロじゃない……」
祐介はそっと眉を顰めた。

 

 

話を翌朝の会議の場に戻そう。
刑事部屋では、捜査会議の沈黙を破り、沢木邦彦部長刑事が祐介に訊ねた。
「それで……狙われたのはお前なのか?」
「恐らく……」
沢木の顔が険しくなる。
「心当たりは?」
「弾丸はパトカーに当たりました。警察へ対するテロ事件と取れなくもありませんが、余りにもタイミングが良過ぎます。俺が出るのを待っていたように思います………意味合いとしては、2つ考えられます。1つは俺に対する何らかの脅し。2つ目は、確かに俺を狙った物の、訳あってわざと外した……」
「何だって?」
「ホシの腕は一級品です。それは狙撃に使ったライフルからして明白です。但し、殺しに関してはプロじゃない。薬莢を残して行く辺り、プロの仕事とは思えません。何があったのかは解りませんが、ホシは誰かに狙撃を強いられたと言う事も考えられます。俺には後者の可能性が高いように思われます。あの現場がそう俺に教えてくれました……」
祐介の最後の一言が、苦しげだった。
「なるほど」
藤谷徹課長が短い相槌を打ち、
「と言う事は、狙撃のホシを挙げても、その裏に更なる事件が介在すると……そう言う事かね?」
「今の段階では単なる憶測に過ぎないのですが……出来れば俺の杞憂に終わって欲しいと思います」
その時、ライフルマークの照合を終えた鑑識課員が入って来た。
「ライフルの持ち主が割れました」
彼によるとライフルは許可申請されており、簡単に調べが着いたと言う。
倉本克哉、38歳………『倉本銃砲店』店長………
「銃砲店の店長?!」
戸田一郎が突飛な声を上げる。
祐介は表情を曇らせて、考え込む様子だ。
それに沢木が気付かぬ訳がない。
「風見、心当たりがありそうだが……」
彼は静かに訊いた。
祐介は一瞬、言うのを躊躇ったが、刑事としての自分がそれを言わせた。
「倉本克哉と言うのは……俺が学生時代にある人を介して知り合い、ずっと懇意にして貰っている人で……信じられません」
頭の中が真っ白になって行く感じだった。
「しかし、盗難届は提出されてないぞ」
「彼には俺を殺そうとする動機がありません。3日前の非番の日にも逢いましたが、いつもと様子の違う所はなかったし……もし、あるとしたら、やはり『作られた動機』しか俺には考えられません」
祐介は沢木の眼を見て、きっぱりと答えた。
彼の眼は決して揺らいではいない。
やはりショックを隠せずにいるが、それは倉本を巻き込んでしまったらしい事に対してであり、彼を信じている事に変わりはなかった。
今は倉本を案じる気持ちが強い。
「とにかく、風見はその男を当たってみろ……そうだな、今回の事件は原とコンビを組め」
沢木は祐介の気持ちを気遣って、同期の原を着けた。
久し振りの同期コンビ復活である。
2人は早速、署を飛び出して行き、戸田と早瀬務は、祐介が過去に扱った事件について、関係者のその後を当たるように命じられた。
交通課と少年課から1人ずつ婦警を借りて、その作業は行なわれた。

 

 

「お前、恨まれるような心当たりは本当にないのか?」
原は覆面パトカーの助手席から、何かを考え込んで無言でハンドルを握る祐介に訊ねた。
「いや……お前もそうだろうが、この稼業は逆恨みなんて日常茶飯事だからな…」
祐介は哀しげな眼で答えた。
倉本は自分の為に事件に巻き込まれたに違いない………
その事は、もはや確定的だ………と心で呟き、キッと唇を結び直した。
「なあ、倉本克哉氏とは確か俺も1度逢った事があるよな…銃の事を訊きに行った…」
「ああ、俺の銃に関する知識はあの人から得た物が大きい……」
「倉本氏の射撃の腕は?」
「…………………………」
祐介の瞳が暗くなった。
「10年程前に、射撃のオリンピック選手として活躍していた……そう言う人だよ」
祐介は眉を顰めて、前方に顎を杓った。
「あそこだ……」
原も祐介の胸中を慮って、溜息を衝いた。
『倉本銃砲店』の白地に黒い文字が前方に浮き上がって来る。
倉本の自宅兼店舗である。
その時だった………!!
覆面パトカーの行く手を、突如人影が阻んだ。
−−−キキキキキッ!!……
耳障りな大音響と共に、車は1回スピンして止まった。
祐介も原も、身を低くして受ける衝撃を少なくしていた。刑事の本能的自己防衛である。
祐介は割と早くショックから立ち直ると、ハッと顔を上げ、助手席の原に声を掛けた。
「おい、大丈夫かっ?!」
原は頭を大きく2、3度振って、「大丈夫だ」と答えた。
「それより、何て奴だ!急に飛び出したりして…」
原は憤りを隠さずに、パトカーから降りた。
彼は『人影』の顔を見て、まるで凍り付いたように、あっ、と息を呑んだ。
彼に続いた祐介も、その男を凝視した。

 

 

− 第2部 (2) へ 続く −