DETECTIVE STORY

 

 

第2部 『 出航(さすらい) 』 (3)

 

 

祐介達が覆面パトカーに乗り込んだ時、丁度無線が彼らを呼んだ。
原がそれに応答すると、沢木の声が響いた。
「ホシは裕美ちゃんを連れて逃亡したぞ!」
「えっ!?」
「倉本さんの車を使ったようだ。ナンバーを言うから、至急探してくれ!黒のセドリックだ」
原は沢木の言うナンバーを、警察手帳にメモした。
沢木が無線で説明した処によると、その辺の概要はこう言う事らしい。
………倉本は自宅の数10m手前で戸田の運転する覆面パトカーを降り、歩いて帰宅した。
犯人−工藤修二は、彼の帰りの遅いのに苛立っており、更に彼が『風見刑事』射殺に失敗したと知るや、物凄い勢いで荒れまくった。
その時、倉本の妻・郁江が突然腹痛を訴えて苦しみ出した。倉本は救急車を呼ぼうと受話器を取ったが、無情にも発信音がしない。
工藤が電話線を切っていた事を知る。
「今度こそ失敗はしない。だから妻を病院へ運ばせてくれ!」
このままでは間違いなく流産してしまう………倉本は必死だ。
「………解った。24時間猶予をやる。それ迄に必ず風見を殺れっ!奴の息の根が止まるまでお前の大切な愛娘を預かって行く!」
「待ってくれっ!それだけは…っ!!」
工藤は猿轡が外れて泣き喚き始めた裕美の口を掌で強く塞いで、倉本の留守中に店から持ち出したらしい自動小銃で追おうとする倉本を威嚇し乍ら、ガレージへと下りてしまった。
ガレージの入口は戸田と早瀬が張り込んでいる場所からは見えない。
彼らは倉本の発信器からの音声に警戒を強めてはいたが、車を使っての逃走を予測しなかったと言う失態を演じてしまった。
慌てて工藤が乗った車を追った物の、案の定見失ったのだ。
『………奥さんの容態だが、何とか流産は免れたそうだ。だが、危険が去った訳ではない。裕美ちゃんを無事救出する事、それが何にも勝る特効薬だ』 
沢木は無線を通して全員に言った。
『倉本さんに調べて貰った処、工藤は実弾500発を持ち出している。自動小銃は毎分80発の連続掃射が可能だそうだ。万一、工藤を発見しても、絶対に1人では行動しないように。いいなっ?!』
最後に念を押して、沢木の声は途切れた。
「…………………………」
祐介は無言でハンドルを握っている。
それでも、眼だけは黒のセドリックを探して光っている。
やがて………祐介は唐突にブレーキを踏み入れた。
「俺は心当たりの情報屋を当たる……お前はどうする?」
「どうするもこうするもあるか!付き合うに決まっているだろ?」
原は答えて、祐介に続いて車を降りた。
祐介は何か思い詰めた様子で足早に歩く。
それを追いながら、原はふと不吉な予感を覚えた。
彼が口を開き掛けた時、祐介振り向かずに言った。
「裕美ちゃんが助からなければ……郁江さんは多分、ショックで流産する。何としても、俺はあの娘を救い出さねばならん………」
「風見……」
原は一瞬立ち止まった。
痛い程伝わって来る祐介の苦悩………それを癒してやる事は、もはや自分には出来ない。
彼の苦しみを緩和するのは、事件の解決以外にはないのだ。
祐介はいきなり、労務者風の男を狭い路地に引きずり込んだ。
「工藤修二の居場所を知ってるな?」
男は暫くポカンとしていた。
祐介は工藤の写真を取り出し、男の鼻先に突き付けた。
「し…知らんよ。そんな男は知らん……うわっ!」
男は祐介に胸倉を掴まれて、息苦しさに喘ぐ。
「済まないが急いでいるんだ!」
原は彼のやり方に少々驚いて、それを見ていた。
普段の祐介には見られない行動だ。いつも理知的に追い詰めて行く彼だが、やはり常軌を逸して来ているのだろうか…?
「ほ……本当に知らないんだよ!でもダチの名前なら知ってるぜ」
「誰だ?」
祐介は男からその名前と居場所を聞き出すと、彼を放り出して足早に歩き出した。

 

 

祐介と原は足音を殺して、あるアパートの階段を昇っていた。
目標の部屋は2階の一番奥にある。
表札を確かめてから、銃を抜く。
「三枝(さえぐさ)さん!警察の者です」
案の定、ガラガラと窓を開ける音がして、泡を喰って逃げる様子だ。
原は祐介と頷きを交わして、階段を駆け降り、反対側の窓の下へと回った。
祐介はドアを強引に引っ張ってこじ開け、中へ飛び込んだ。
三枝が丁度窓から飛び降りた処だった。
祐介は部屋を一目見て、爆弾の製造中だった事を見抜く。
彼が詳しいのは銃だけではなく、爆発物処理にも長けている。
「とんだ奴が引っ掛かったな……」
祐介が窓へと早足で進みながら呟いた時、下で銃声が響いた。
彼はサッと窓から身を翻した。
撃たれたのは、三枝ではなく、原の方だった。
逃亡しようと必死に走る三枝を祐介はマグナムで威嚇する。
見事な程に至近を掠める弾丸に恐れをなした三枝は、足が竦んでその場に座り込んでしまった。
祐介は彼の胸倉を掴み上げて、いきなり1発見舞った。
原を撃った事に対する怒りだ。
「工藤修二のアジトを知ってるな?」
祐介はマグナムの銃身でヒタヒタと三枝の頬を弄った。
「せ……千駄ヶ谷3丁目の……工場跡だよ」
祐介はそれだけ訊き終わると、三枝に当身を喰らわせ、気絶させた。
伸び切ってしまった彼の身体を抱き上げ、アパートの壁に寄り掛かって半身を起こした原の隣に運んだ。
「傷は……大丈夫か?」
肩口を血に染めている原を見て、祐介は眉を顰める。
白いハンカチを取り出して、手際良く止血する。
「済まん……」
「馬鹿、こんなのはいつもお互い様だろう?」
祐介は微笑んで見せた。
「こいつを暫く頼むぜ。救急車は手配するから」
彼は原の怪我をしていない方の手首と三枝を手錠で繋ぎ、立ち上がった。
「おいっ!1人で行く気か?」
原が呻いた。
「大丈夫…ちゃんとデカ長に連絡を取る。それより、お前を置いて行く事の方が気掛かりだ……」
「心配要らんよ。大した傷じゃない。弾丸は貫通しているようだ」
祐介は少し安堵の表情を見せた。
「その分じゃ大丈夫そうだな……じゃ、一刻を争うんで、行くよ」
原は頷いて、「気を付けろよ」と声を掛けた。
祐介を乗せた覆面パトカーが遠ざかって行く。

 

 

祐介は無線を握り締め、まずは沢木に原の事を頼んだ。
すぐに救急車と警官の手配がなされた。
「……で、男が工藤のアジトを吐きました。今、向かっています」
『解った。場所は?』
沢木の明瞭な声が伝わって来る。
「千駄ヶ谷3丁目の廃工場です!」
『了解!我々の到着まで踏み込むのは待て』
「解りました!」
祐介は、くるくると赤く光ってサイレンを鳴らす赤色灯を覆面パトカーの屋根に貼り付け、更にスピードを上げて先を急いだ。
やがて、廃工場の区域に近付くと、赤色灯を外した。スピードも落とし、慎重に前へと進む。
前方に手配中の倉本の車が見えた。
彼は無線を掴んで、再び沢木を呼んだ。
沢木は既に此処へ向かう車の中らしく、サイレンの音が紛れて聴こえて来た。
『沢木だ!どうした?』
「デカ長!廃工場前で、手配中の黒のセドリックを発見しました。工藤は間違いなく、この中に潜伏している物と 思われます。俺は工場の裏に回って、中の様子を探ってみます」
『くれぐれも気を付けろ!我々も後10分程で到着する』
「了解!」
祐介は無線を切ると、マグナムのリボルバーに弾丸を込めた。
そして、それを片手に慎重に歩き始める。
工場の裏手に回ると耳を澄ませた。
少女の啜り泣きが洩れ聴こえて来る。大人の怒鳴り散らす声も微かだが確認出来る。
彼は硝子の取り外された窓を乗り越えて、そっと工場内に侵入した。
遮蔽物の陰から、様子を伺う。
彼の斜め左前方10mの所で裕美が横顔を見せて座り、しゃくり上げている。
怪我は無いようだ。祐介はまず、その事に安堵する。
少女から真っ直ぐ7〜8m直線を引いた位の位置に、良くは見えないが男がいる。
祐介は腕時計に眼を落とした。
今暫くで、沢木達が到着するだろう。
(裕美ちゃん…もう少しの辛抱だからな……)
心の中で少女に呼び掛けた。
「うるさいぞっ!いい加減に泣き止め!!でないとぶっ殺すぞ、ガキ!」
工藤はかなり苛立っている。
祐介の位置からも、自動小銃がチラチラと見える。
裕美は銃口に怯え切って全身を震わせ、声にならぬ声を上げて泣き続けている。
祐介が心で「まずいっ!」と叫んだ瞬間、工藤の自動小銃が裕美に向けて頭を擡げた。

 

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