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DETECTIVE STORY

 

 

第3部 『 終着駅 』 (3)

 

 

さて、事件の担当は、現場に居合わせた事もあり、特例として、管轄する伏見署からは松田梨樹(りき)が、そして深藪署の牧野正義(せいぎ)、三原署の風見祐介の3人が受け持つ事になった。
梨樹と正義はそれぞれの署ですぐに決まったが、祐介の三原署では少し違った。
祐介か原かで、上司の沢木邦彦部長刑事は随分と迷った。
祐介はこの事件に大分入れ込んでいた。
だから、普通なら沢木は1も2も無く彼に担当させただろう。
しかし……祐介の身体はもはや完全には快復出来ないのだ。
彼の身体慣らしには、まだキツイのではなかろうか……?
だが、沢木は悩んだ末、彼の熱意に押される形で祐介を選んだ。
祐介は沢木に感謝して任務に着いた。

 

 

夜明け前、伏見署では草野と黒部を交えての捜査会議が始まる所だった。
「とんだ同窓会になっちまったな。まあ、眼の醒める様なコーヒーを入れて来たから、これ飲んで頑張ろうや!徹夜明けには効果抜群だぜ!」
梨樹はお盆を会議室の机の上に置いて、コーヒーを1人1人に配った。
「祐さんは悪いけど、お茶ね。コーヒーじゃきつ過ぎるとまずいから」
「サンキュー。でも、俺、昨日ワインを飲んだんだぜ」
祐介は梨樹の心遣いに心の中で感謝しながら、お茶を受け取った。
「さあ、本題に入ろうか?」
草野の一声で、彼らの表情が一変する。
「梨樹は知っているだろうが、我々は今、課長命令である事件を隠密裏に調査中だ。従って、残念ながら、俺と黒部は君達に協力出来ない。その代わりと言っては何だが、君達に話しておく事がある。それは……昨晩、ガイシャを見た瞬間から解っていた事だが、敢えてあの場では隠していた。黒部と梨樹には簡単に説明した。何故隠してしたかと言うと、打ちひしがれているガイシャの妻に聞かせたくなかったからだ。それに、話すのがそこで数時間遅れた処で、初動捜査には影響が無いと判断した」
正義も祐介も、草野の次の言葉を聞き漏らすまいと、全身を耳にしていた。
梨樹もまた、もう1度全体を掌握する為に、真剣な表情で聴いている。
「ガイシャの職業は貿易商、だったね?」
「ええ、そうです……」
祐介が答える。
「………インターポール(国際刑事警察機構)から手配されている人物が、ガイシャに酷似している」
「えっ!?」
「この…男だ」
草野は手配書のコピーを全員に配る。
成程……同一人物としか思えない。
流石、草野の記憶力は大した物だ。
この男は足で築き上げた独自の情報網を持っており、『生き字引』とさえ呼ばれている。
だが、まだ三十路の一歩手前である。黒部も彼と同期だから、同い年だ。
この鋭い草野は、死体の顔とこの手配書とを一瞬の内に結び付けていたのだ。
英語だらけの手配書に眼を通し、正義が口を開く。頭の中でさっと日本語に訳している。
「TOHRU SHIGEHARA?………日本から持ち出した偽ルビーや偽サファイアを大量に捌いて現金化したっ て?!……偽名ですね?重原徹と言うのは………」
「恐らく、ガイシャの小堺清二のな………」
と、草野は頷いて答えた。
「……と、なると、それ絡みの殺しと言う事に?」
祐介が身を乗り出す。
「断定は出来ないが………草野も俺もそう見ているんだ」
黒部が渋い顔をしながら、呟いた。彼らが内偵している事件の方もあり、こう大きな事件が続いてはそう言う顔もしたくなるだろう。
「なるほど……小堺の海外渡航歴を洗って見る必要がありますね」
祐介が手配書から顔を上げた。言い終えた時、軽い眩暈を覚えて、左手で額を支えた。
「祐介、大丈夫か?」
正義がすぐに気付いた。
「何でもない。大丈夫だ……」
祐介の答えに、草野は眉を顰めながら、話を続ける。
「梨樹。何かあったら、連絡をくれ。解る範囲で答えるから。どこにいる時も携帯電話を持ち歩いている」
「解りました。早速聞き込みに掛かります。何としても早期解決を………草野さん達も頑張って下さい」
梨樹が出掛けにそう言うと、黒部が軽く手を挙げてそれに答えた。
夜明けと共に3人は行動を開始した。
もう朝の7時近いが、雪が降っている事も手伝って、ひどい冷え込みようである。
雪は積もらずに、アスファルトの上に落ちて水に還った。
その為、道路の所々が凍っている。
(今日は怪我人が出そうだな……)
梨樹は、祐介、正義と別れて、1人歩きながらふとそんな事を考えた。
(祐さんは……大丈夫だろうか?さっきも少し様子が変だった……)
退院して間もない彼には、この冷え込みはきついだろう、と梨樹には思えた。

 

 

3人が再び、それぞれの情報を持って集まったのは、事件から丁度12時間が経過した頃だった。
3人とも良く利用する小料理屋がある。
そこで昼食を摂りながら、情報を交換し合う事になっていた。
「あら、3人揃ってなんて珍しいわね。何かあったの?」
「まあね………」
梨樹は女将に曖昧に答えて、いつもとは違う、隅の方の4人掛けのテーブルに着く。
正義は座るなり、警察手帳を開いて頭の中を整理する。
2人は並んで座り、祐介は正義の向かい側で、梨樹と斜向かいの位置にA4サイズの書類封筒を持って腰を下ろした。
「なるほど、どうもカウンターに座らないと思ったらそう言う訳か」
頭上から声がして、3人が顔を上げると、おばさんがお盆を持って立っていた。
「お茶を入れたんだけど、話の邪魔?」
「いや、ありがとう。外は寒いから戴くよ」
正義が優しい眼をして答える。
おばさんはお茶を配りながら、少し瞳を潤ませて、
「祐さん、元気になって本当に良かったねぇ……そうそ、快気祝い受け取ったわよ」
「来てくれたんだって?見舞いに」
祐介は微笑んだ。
「ああ。祐さんの具合が一番悪い時でね、逢えなかったのよ。これでも心配したんだよ」
「ありがとう。嬉しいよ」
「……何か変だね。余り無理すんじゃないよ!」
「うん………」
「お前、親に叱られた子供みたいな顔をすんなよ!」
梨樹が祐介をからかうように覗き見た。
「あら、ごめんなさい。邪魔したわね。注文はいつものでいいかしら?」
おばさんの質問に梨樹が代表して答えて行く。
「うん」
「いつ持って来る?話が終わってから?」
「いや、食べながらやるよ。時間が惜しいから」
「OK!急いで作るわね」
梨樹に頷いて、おばさんはカウンターの中に戻った。
「さてと、祐介。解剖の結果は?」
正義がいきなり、仕事の世界に彼らを引きずり込む。
「ああ………」
祐介は封筒の中の書類を取り出した。
「ガイシャは刺されてから相当の距離を歩いているぞ。死後硬直の状態から見て、2〜30分は歩いているそう だ。刺された現場は家の近くには限定出来ないな。問題はあれだけの傷を負ってどの位のペースで歩けるか だ。それが解ればある程度の範囲が決められるんだが………念の為、近辺のタクシー会社、バス会社を聞き 込んだが、彼らしい者がそれらを利用した形跡は無い。タクシー会社の交信記録も全て調べて貰った。従ってガイシャは刺された後に交通機関を利用していない事になる。何故なら、電車・地下鉄においても、終電に近い人目の多い時間帯であるにも拘わらず、背中にナイフを刺された状態の小堺の目撃情報が無いからだ……それから凶器に使われたナイフは登山用の物だ。刃渡りは20cm。鑑識の結果、入念に指紋を拭き取った後、手袋をはめた上で使用している事が解った。現物を持って店を回っているが、今の処、出所は解っていない……俺の方の状況はこんな処だ」
祐介は一息ついて、お茶を飲んだ。
タイミング良く、おばさんが3人の注文した物を運んで来る。
彼女は遠慮勝ちに近付いて来て、静かに食事を置くと、黙ってすぐに下がった。
彼女はいくら親しい間柄であっても、『弁え』と言う物はきちんと心得ていた。
今は、自分の出る幕ではない、と言う事をちゃんと解っているのだ。
これ以後、食事をしながら、話が再開される。
梨樹が聞き込みの結果等を話し始めた。
「ガイシャはあの格好だ。いくら暗くても彼を見た者はおかしいと気付く筈だ。そう、彼を見てさえいれば………午前中は念の為、勤務先から自宅迄のルートを忠実に辿ってみた。社から最寄の駅までは2分と無い。念には念を入れて聞き込んだが、目撃情報は得られなかった。問題は駅から店舗兼自宅までの15分の道程だと睨んで派出所の玉置巡査に協力を要請しての調査中、中央公園でガイシャの物と思われる鞄を発見した。直に鑑識の結果が出ると思う。中身は身の回り用品のみ。でも、今日子さんはあの鞄の中身は見た事が無いが、いつも出勤時に持ち歩いているので、仕事関係の何かが入っていない訳が無いと言っている。俺もそう思う。だが、メモ帳類から名刺に至るまで消えてしまっている。俺はホシが鞄の中の何かを持ち去ったのでは無いかと思っている。それから……公園の周辺、半径300mの範囲内に、ガイシャの所持品らしき物や、ホシの遺留品と見られる物は見当たらない。ましてや、血痕となると……」
「やはり、出て来ない……?」
祐介が梨樹の言葉の続きを引き取った。
「ああ。午後はもう少し範囲を広げて見るつもりだ」
3人の間に一瞬の沈黙が広がるが、その沈黙を破って、正義が報告を始めた。
「梨樹の所の草野さんが教えてくれた手配書の件だが、『重原徹』はやはりガイシャの小堺清二と同一人物だった……」
祐介も梨樹も箸を動かすのを止めて、彼の顔を見る。
「小堺の海外渡航歴を調べていたんだが、彼が日本を離れている時期と、重原徹の動く時期とがピタリと一致するんだ」
正義は手帳に眼を落とした。
「過去1年間だけでも、彼は18回も海外出張をしている。実に月に1.5回の割合だ。そして悉く彼の行った先で 『重原』が行動を起こしているんだ。それに……俺は小堺の中学校時代の友人に『重原徹』と言う名前の男がいる事を掴んで、彼に逢いに行った。ところが…だ。本物の重原さんは5年前に交通事故で亡くなっていて、小堺清二も葬儀に顔を見せたと言う………丁度、その後だよ。自称『重原徹』が偽物の宝石をばら撒いて、荒稼ぎを始めたのは」
「なるほど……やっぱり草野さん達が睨んだ通りって事だな」
「ああ……この殺しは計画的だ。鞄の中身の事も気になるし、そう見るのが妥当な線だろう」
正義の説明が終わると、梨樹と祐介がそれぞれの感想を述べた。
「流しの犯行の線も、完全に消えた訳ではないが、ナイフの件から窺えるホシの用意周到さから考えても、その可能性は99%無いと言ってもいいだろうな」
 ※ 流しの犯行…通り魔の事
正義の言葉に2人とも頷く。
「勿論1%の可能性も無には出来んが、3人共意見の一致を見たな」
祐介が満足そうに言った。
「ああ。もっとぶつかり合うかと思ってたぜ」
梨樹が意外そうに呟く。
「でも……3人が3人、同じ考えを持ったと言う事は、それだけ正解に近いと思っていい」
「……だと、いいんだけどな」
正義の後を受けて、梨樹は心配そうに眉を顰めた。
「しかし、草野さんはさすがだな。ああ言う時に、今日子さんにインターポールの手配書の件を聞かせてしまったら、それこそ追い討ちを掛けてどん底に突き落とすような物だからな」
「草野さんは、いつも人の事ばかり考えているのさ。人を傷付けるのが嫌いなんだ。自分では『逃げ』だって言っていたけど……」
「素敵だと思うよ、俺は。そう言うのって…」
祐介は入口の硝子戸の外を引っ切り無しに行き交う人々を眺めながら言った。
「そうさ。俺はそう言う人と仕事が出来る事を誇りにさえ思っている」
梨樹が胸を張って言い切り、正義は微笑みながらそれを見ている。
「あ……そうだ。おばさん」
祐介が急に思い出したようにおばさんを呼んだ。
「何?祐さん……」
「そろそろ、ツケを綺麗にして置こうと思って」
「そろそろって……大してツケなんて無いじゃない?」
「でも、次にいつ来れるか解らないから」
「何言ってんのよ。まるでもう来ないみたいな言い方で…」
「そんなんじゃないよ」
「解りましたよ。すぐに計算出すから待っててちょうだい」
おばさんはちょっと小首を傾げながら帳簿を取りに戻った。
………やがて、昼食を終えた3人は、またそれぞれの捜査の為に店を出た。
並んで歩く梨樹と正義を、祐介が車で追い越して、軽く右手を挙げながら消えて行く。
今の祐介に『足で稼げ』と言う事はとても残酷な事である。
彼は車を足代わりに頑張っている。
もう少し体調が快復するまではそうだろう。
梨樹と正義も、ある街角で二手に別れた。

 

− 第3部 (4) へ 続く −