DETECTIVE STORY

 

 

第3部 『 終着駅 』 (6)

 

 

3人の刑事は約束の時間ギリギリに、伏見署の会議室に集合した。
「念の為に、正義が事情聴取した連中の海外渡航歴を調べた。これがそのデータだ。小堺と同時期に同じ場所に同じ場所に行った者はいなかった………」
梨樹がコンピューターで打ち出されたデータ用紙を見せた。
「ついでに他の主だった人間のも調べて貰った。その結果面白い話になって来たんだ………」
梨樹はもったいぶったように、もう1枚の同じ用紙を取り出した。
その中の1人の氏名に、赤丸が付けてある。
「そこに印が付けてある、秋野聡志……渉外課の課長なんだが……彼の渡航データを見てくれ。小堺清二とほぼ一致する。まだ断定は出来ないが、小堺と常に同行し、裏で糸を引いていたんじゃないだろうか?」
彼はデータ用紙を几帳面に折り畳んで、内ポケットに仕舞い込んだ。
「俺の聞き込みでは、別の人物が浮かんでいる。これもかなり信憑性のある情報だと思うんだが………」
祐介が続いて話し始めた。
「『未来商事』の専務が、最近殺し屋を雇った」
祐介はそれについては既に納得の行く所まで調査済みらしく、断定的に言い切った。
「ハワイの日系二世だが、世界中を股に掛けて『仕事』をしているプロだ。『イーグル』と呼ばれているらしいが、そう言う裏の世界のコードネームだと思う。顔付きは丸っきり日本人だし、現地の日本語学校で日本語を習得し、ネイティヴになっている。発音まで完璧だそうだ。年齢は30代半ば。身長160〜165cm。解っている特徴は今の処、これ位だ。ただ……例の凶器を購入した男と特徴が酷似している」
「祐さん、そいつの居場所の見当は?」
梨樹が訊いた。
「残念だが、まだ付いていない。全力で当たるよ」
その時、伏見署捜査課の事務員・有川真美がノックをして入って来た。まだ20歳を少し出た位の若い女の子だ。
「サンキュー、真美ちゃん!」
梨樹が代表して礼を言い、他の2人も軽く会釈をして、お茶を受け取った。
彼女は、署に出入りしている梨樹の親友の破天荒な私立探偵に可愛らしい恋をしている。
捜査課の刑事達に可愛がられているしっかり者だ。
真美は3人にお茶が行き渡ると、静かにお盆を持って下がった。
再び祐介が口を開く。
「殺し屋を雇った専務と言うのは、森口久雄54歳だ。叩けば叩く程、埃が出そうな男だよ」
「正義は何か、重要な事を調べ出したようだな?」
梨樹に水を向けられて初めて正義は至急で現像した写真を取り出す。
「結論から先に言おう。俺の調べでは、今回の黒幕は、99%祐介の行った森口だ。そして、参謀的活動をしていたのが、渉外課家中の秋野……」
「………………!!」
「………小堺は、出世の為に秋野の思いのままに動かされていた、言わば『マリオネット』だ」
「何だって?!」
「偽宝石事件に絡んでいるのは、どう調べてもこの3人だけ。会社に関係なく、3人だけのプロジェクトがあったんだ」
「会社ぐるみじゃなかったのか………」
「ああ、ずっとその線で調べていたんだが、そう考える材料がまるで無くなった」
「しかし、何だか正義の独壇場だな……」
梨樹がしきりに感心する。
「だが……それだけでは逮捕状は下りんな。状況証拠だけで、物的証拠は何も無いんだ」
祐介の言葉に正義は頷く。
「そうだ……問題はそこなんだ………」
「掻き混ぜてみるか?少し」
祐介が腕組みをして言った。
「果たして乗って来るかな?昨日、正義と俺が行った後もまるで動きが無いからな」
梨樹が呟いた。
「……まあ、待てよ。まだ時期尚早だろう。行動を起こすからには、慎重を期す事だ」
正義が落ち着いた声を出し、2人も頷いた。
「ところで梨樹。その後、遺留品は?」
正義が訊ねる。
「ブツは髪の毛1本だけ。消えた手帳類もまだ出て来ていない」
「髪の毛はAB型だったな?」
祐介の質問に、梨樹は冷めたお茶を一口飲んで答える。
「ああ。………そうか!『イーグル』の物かも知れないな。或いは、森口か秋野………『イーグル』に共犯がいる可能性は?」
「いや、まず有り得ない。奴は一匹狼と聞いた。とにかく、俺は『イーグル』と呼ばれる殺し屋を何としても探し出す!」
祐介は力を込めて答えた。

 

 

3人は再び、寒風吹き荒れる中、外へと出掛けて行く。
もう街はジングルベルを終わって、すっかり正月の準備を始めている。
師走の新宿を時間に追われる都会人達が行き交う。
陽は短く、まだ4時過ぎだと言うのに、薄暗くなり始めている。
明日も余り良い天気は期待出来そうに無い。
今日は空に夕焼けも見られなかった。
祐介はハンドルを握りながら、流れて行く人の波を見ていた。
(あの人達にはたっぷりと時間が用意されていると言うのに、俺には……その時間が無い」
彼はまだ自らの気持ちをコントロールするに至っていなかった。
誰が『死』を目前に心静かでいられよう。
彼の心は大海の波に弄ばれている小舟のようだった、
(逃げるものか…これが俺の運命だと言うのなら、受けて立とうじゃないか……)
彼はいつも自分自身を叱咤激励しているのだが、すぐにその思いは脆くも崩れ去ってしまうのだ。
時が……解決してくれるのかも知れない。だが彼にはその時間が無い、
(俺は人生の終着駅まで、ひたすら走り続けよう。残された僅かな時間を……)
赤信号でブレーキを踏み入れた時、祐介はふと自分に言い聞かせるように夕陽を眺めていた。

 

 

それから3日が過ぎていた。
祐介は情報屋に幾らか握らせて、『イーグル』をずっと探させていた。
勿論、自らも梨樹が心配する程に捜査に全身全霊を掛けていた。
そして…今、彼は『イーグル』を尾行している。
男は、背にゴルフバッグを担いでいるが、祐介にはその中身がどんな物か、予想が付いている。
(ゴルフバッグでカムフラージュしているが、間違い無くライフルだな。それも取り出してすぐに使えるように既に組み立ててある……)
その時、祐介の隣にスッと人影が現われ、彼と同じペースで歩き始めた。
祐介の無線連絡で駆け付けた梨樹である。
彼もまた、一目で祐介と同じ事を見抜いていた。
梨樹が囁き掛ける。
「職質したい処だが、この人混みの中で万一ライフルをぶっ放されたら適わんな……」
「ああ……、ライフルは別として、彼はプロの殺し屋……他に拳銃も持っている筈だ」
「護身用か。よし、あと2km程でこの繁華街から外れる。其処まで、気を入れて行こうぜ」
自分の署の管轄内なので、梨樹の土地勘は信頼していい。
祐介は梨樹に目線を返して頷いた。
年末の新宿、それも繁華街は人の波・波・波………
その中を掻き分け乍ら、2人は男の背をしっかりと見据え続ける。
……20分程歩いただろうか?
やっと人混みを外れ、閑静な住宅街に入った。
梨樹は祐介に眼で合図する。
祐介も頷き、男の前に回って進路を阻んだ。
「な、何だっ!?」
男はさり気なく懐に手を突っ込んだ。
祐介は男のそんな行動を見透かしていた上で、コートの下に除く紺のスーツの内ポケットから、警察手帳をチラリと見せる。
男は反射的に祐介に背を向け、ダッシュを試みようとしたが、そこには当然梨樹が腕を組んでいく手を塞ぐようにして立っている。
祐介は観念したような男に職務質問をを開始する。
相手はブロだ。祐介は梨樹に『油断は禁物』と眼で念を押す。
「栗原誠さん、ですね?」
祐介は自分の肩ぐらいまでしか背の無い『イーグル』を見下ろす形で訊いた。
栗原はこれに対して、否定も肯定もしない。
梨樹は警察学校に入り立ての頃、祐介が清水教官に『上官を見下ろすな!』と怒鳴られたのを突然思い出し、危うく失笑を漏らしそうになった。
彼の身長で見下ろすな、と言う方が無理だ。
何とか持ち応えて、厳しい表情を作った。
「貴方の持ち物を調べさせて貰いたい」
祐介が栗原のボディーチェックをしている間に、梨樹がゴルフバッグのファスナーを開け、中を調べる。
祐介は懐の拳銃を押収し、梨樹は予想通りにライフルを発見した。
「M1ライフルだぜ。ご大層な物をお持ちだ。未使用弾も2ケース入っている!!」
祐介は頷き、
「栗原誠、銃刀法違反の現行犯で逮捕する」
と手錠をガチャリと鳴らした。
不思議と『イーグル』こと栗原誠はその瞬間、静かに瞑目しただけに留まった。
 

 

− 第3部 (7) へ 続く −