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DETECTIVE STORY

 

 

第5部 『 砂の迷路 』 (4)

 

 

祐介の告別式を終えたその夜、三原署の沢木がぶらりとおばさんの店に現われた。
「あら…沢木さん……」
「どうも……今日は来て下さってありがとうございました」
沢木はおばさんの前のカウンター席に座った。
おばさんは黙って暖かいお茶を出す。
「あいつ……いつも此処に座っていたんですね」
「ええ……いつも、此処に……」
「風見が食べていた物と同じ物を下さい」
「はいよ!」
おばさんは絞り出すように声を張り上げた。涙が零れそうだ。
「今日の告別式は、お天気も良かったし、綺麗な賛美歌を歌って送ってくれた人達もいて、きっと祐さんも幸せだった事でしょう」
「ああ……先日、ある事件で知り合った歌手の人達が風見の死を惜しんで来てくれましてね……」
「とても綺麗な歌声でした……切なくなりましたよ」 
※ ある事件で知り合った歌手…ALPEEの事。詳しくは『tears for you』で……
「風見が荼毘に伏された後、骨を拾っていたら、もう堪らなくなりました……あんなに、小さくなってしまって…」
「………………」
「すみません、あなたにこんな話をして。でも、今夜はあなたと静かに飲みたい気分でしてね」
「ありがとうございます」
「風見があなたを慕っていた理由が良く解りました。あなたの所に癒されに来ていたに違いありません」
おばさんはふと眼を閉じた。大好きだった祐介の笑顔が瞼に浮かんで来た。
「あいつ……ご存知の通り、天涯孤独でしたが、本当は母方に……彼の祖父母に当たる人間が、生きているのです」
「知ってました……祐さんはそう言う事を自分から言うような子ではありませんでしたが、その夜はなぜか身の上話になってしまいましてね……でも、どうして、葬儀に来ていなかったんです?連絡はしたんでしょう?」
おばさんに問われた沢木は、辛そうに顔を歪めた。
「私は、風見の父親を知っているのですが、聞いた処によると、風見の両親は、母方の両親の反対を押し切って駆け落ち同然に結婚したんですよ。丁度彼の父親がニューヨーク支社に転勤になる時でした………」
沢木は熱燗を舐めながら、ポツリポツリと話し始めた。
「母親は資産家の娘でした。ピアノの教師をしていたのですが、父親とは高校の同級生だったそうです。同窓会 で再会して、それから愛し合うようになって……2人は自然に結婚を意識するようになった。しかし、彼女の両親 が家柄が合わない、と………」
「そうでしたか……」
「そして、父親はニューヨーク支社に転勤が決まった時に、彼女の両親に挨拶に行き、『彼女を下さい』と頭を下げたそうです。しかし、彼女に逢わせて貰えないばかりか、罵詈雑言を叩き付けられ、追い返されてしまったのです……」
おばさんは料理を作り終えて、沢木に出した。
「どうぞ、食べながら続けて下さい……私も一杯戴きますから」
自分は冷やをグラスに注いだ。
飲んでいなければ、聴いていられなかった。
祐介は『消息不明の祖父母がいるらしい』としか語らなかったが、そんな事があったとは………
「風見の母親は、親に隠れて着の身着のままで、父親の元に飛び出して来ました。そして、2人はニューヨークに渡り、そこで式を挙げ、新しい生活を始めたのです。1年後に玉のような男の子が生まれ……その子を祐介と 名付けました。幸せの絶頂だったようです。しかし…彼が3歳になる頃、母親が病いに倒れました……癌だったそうです…」
「…………………………」
「母親の病気は進行が早かった……まだ20代の半ばでしたから。やっと父親が東京に転勤する事が決まり、日本に帰れる事になったその矢先に、彼女は亡くなりました……。父親は小さな風見の手を引き、彼女の遺骨を 抱いて、帰国したのです。真っ先に彼女の実家に報告に行きました………」
「祐さん、母親の事は余り覚えていないと言っていました……写真でしか知らない、と。お父さんからそんな話はして貰っていたのかしら?」
「あいつは全て知っていますよ。父親の遺書に書かれていたそうですから」
「そう……知っていたのね……」
「彼女の実家では門前払いだったそうです。彼女の遺骨の一部を分骨しようと父親は思っていたのですが、冷たく突っぱねられました。それ以来、全くの絶縁状態だったのです。その後、父親は三原署の記者クラブに配属になり、風見も小さい頃から良く遊びに来ていました。彼はそうやって警察に出入りしている内に、警察官を志望するようになったようです。大学受験を目指していた高校3年の春、今度は父親が、母親と同じ病気に倒れました。風見は大学受験を断念し、元々大学卒業後の進路として考えていた警察官採用試験に挑む事にしたのです。闘病生活の末、彼の高校卒業を待たずに、その冬、父親が息を引き取りました。その少し前、私は父親から1通の手紙を受け取りました。そこに、風見の祖父母の連絡先が書かれていました……」
「それで、今回連絡したんですね……」
「ええ。今回もそうですが、昨年重態に陥ったあの時も、私は連絡しました。ですが……そんな者は存在しない。勝手に葬ってくれればいいだろう、と……彼の祖母がそう言ったのです」
沢木は唇を噛み締めた。
「風見は…あいつは………父親以外の家族の愛情を殆ど受けずに育った。此処が居心地良かったのも、きっとそのせいでしょう……」
おばさんはクッと喉を鳴らして、とうとう堪え切れなくなった涙をポロリと零した。
「風見の奴……自分の死んだ後の処し方まで、全部準備万端に用意してありました。あいつの机の中を整理し ようと開けてみたら、手紙と預金通帳が……。自分をこの金で荼毘に伏した後、残った物は全てある団体に寄付して欲しいと書かれていました。マンションの隣に住んでいる奥さんが経営している孤児院に…との事でした。この奥さんは未亡人なんですが、2年前、風見が彼女の夫を逮捕したと言う経緯がありましてね。その後、獄中で自殺を図り、それが成功した為に、風見は随分とこの奥さんと小さい子供の事を気に掛けていたようです」
おばさんはもう何も答えられなかった。堪らなく胸が痛い……
可愛そうな祐さん………もう少し私に甘えてくれれば良かったのに………
その夜は、もう店を看板にして、2人で酒を酌み交わし続けた。
お互いの傷口を労わり合うように。

 

 

翌朝、梨樹と正義は、昨日の車のナンバーから割れた持ち主の写真を手にする事が出来た。
上田誠、36歳。傷害の前科がある。
今の処、捜査線上に浮かんだのはこの男だけなのだが、住所不定の上田は現在行方が解らないままになっている。
梨樹は正義と共に中央公園に来ていた。
先程、文房具屋の店長に確認をして、車に乗っていたのは上田であると言う証言を得ていた。
事件発生から24時間が経過した。平日なのでほぼ昨日と同じ状況だろうと思われる。
2人は上田誠の写真を携えて、聞き込みを開始した。
大体の人は、昨日も此処を同じ位の時間に通り過ぎていると言う。
7時37分………島谷巡査と逢ったと言う男が現われた。
「家が近所なんですよ。彼とは。宿直明けの日はいつもここで擦れ違って挨拶を交わすんです。昨晩、妻に五郎君が亡くなったと聞いて驚きました……」
彼が元気な島谷の姿を見た最後の人となった。
この直後、島谷は凶刃を胸に受けたのだ。
凶器となったナイフはまだ発見されていないが、検死の結果、刃渡り10cmの果物ナイフだろうと推定された。
5分後、島谷と上田が揉み合っているのを見た者が出て来た。
それも続いて数人が目撃している。
しかし、その誰もが、肝腎な殺しの瞬間は見ていないのだ。
だが、課長の酒井は1つの決断を下し、辻に命令した。
「係長。上田誠を重要参考人として指名手配する」
伏見署の刑事部屋には、慌ただしい空気が充満し、活気が溢れて来た。
「上田は思わぬ殺人で、車を取りに戻ろうにも戻れなかった……それが仇になったって訳か」
草野が言った。机の引き出しから、自分の扱った事件の事を書き綴ったファイルを取り出して、続ける。
「俺は1度、奴をパクった事がある。確かユミって言う女がいたんだが………」
調書を捲る草野の手に全員の視線が集まった。その手がやがてある頁で止まった。
「ああ………この女だ。北野ユミ。歌舞伎町のバーでホステスをやっていた……」
草野は顔を上げると、酒井を見て、
「課長……俺はこの女を当たってみます。上田の居場所を知っているかもしれません」
と立ち上がった。
「君達も行くか?」
草野は梨樹と正義に声を掛けた。勿論、2人は頷いた。

 

 

「2年前………北野ユミは、勤めるバーに程近い安アパートに住んでいた」
草野はハンドルを握りながら説明した。
「上田は当然、女とコンタクトを取っているでしょうね?」
梨樹が言った。
正義は静かに窓の外の流れを眺めていた。
「梨樹………」
突然、草野が話題を変えた。
「はい?」
「お前、このヤマが片付いたら、少し休暇を取れ」
「は?」
「疲れているだろう、お前?」
「そんな事ありませんよ。こいつの方がずっとハードワークをこなしてますよ」
梨樹は後部座席の正義をチラッと見た。
「そうかな……牧野君は、多くの哀しみを乗り越えて此処まで来ているから、強いんだ………お前はまだ、死んだ風見刑事の事で激しく動揺している………」
「…………………………」
梨樹は草野に心を見透かされているのを感じて俯いた。
祐介が逝ったのは3日前の黄昏時………
まだ余りにもショックが生々し過ぎる。死に顔を見ているから余計にそうなのかも知れない。
「………少し休んで心を落ち着かせ………元のお前に戻って、また伏見署に帰って来い。みんな心配している ぞ。林さんも黒部も……いつもの明るいお前が、俺達の良き潤滑油になっている事を忘れるな」
草野は梨樹達の2年先輩だが、もう既に経験を積んだベテラン刑事扱いになって久しい。
「お前、草野さんに何もかも見抜かれているよ」
正義が車内で初めて口を開いた。
北野ユミは2年前、草野が上田を逮捕した直後に、アパートを引き払っていた。
大家に話を訊いたが、引越先は知らないと言う。
全ては不動産屋に任せ切りだから、そっちに訊いてくれとの事だった。
「ああ、でも勤めは変わってないらしいですよ。同じ経営者の別の店に移るって言っていたからね」
大家は思い出したように付け加え、彼らは北野ユミが勤めるバーを訪れた。
夕刻の薄暗くなり始めた時間で、バーのドアには『準備中』と書かれた札が掛かっている。
中に入ると、ユミがカウンターで1人酒を飲んでいた。
「まだ準備中だよ。出直しておいで!」
彼女は酔って、草野に絡んで来る。
「おいおい、営業前からそんなに酔っ払っては仕事になるまい」
草野が宥める。
「構わないでよ!私の勝手でしょ?!」
草野は眉を顰めると、ユミの横に座った。
梨樹と正義は少し離れて、様子を見守る。
「やめておけ!女の酔っ払いはみっともない」
グラスを取り上げた草野の顔を、彼女は睨み付けたが、その表情が段々と驚きに取って代わった。
「あんた、あの時の………」
「久し振りだな」
「どうしてここに………?」
「上田誠の事を訊きに来たんだが……」
「上田?別れたわよ、あんな男…!」
「いつ?」
「あんたにパクられて奴がムショに入ってすぐよ……面会に行ってキッパリと別れるって言ってやったわ。あいつ も承諾したのよ」
彼女はロングサイズの煙草を口に咥えた。
草野が近くにあったライターでさっと火を点けてやると、暫く吹かしながら、ユミは口を開いた。
「仮釈放になってから、奴は私の所に金をせびりに来たわ………勿論、追い返してやった。それ以来、あいつとは音信不通だったのよ」
草野は勿論それを聞き逃さない。
「上田から連絡があったのか?いつ?!」
「昨日の晩よ……8時頃。此処に電話があったわ。また何かしたみたいね。また金を無心して来たわ。勿論断った。でも、余りにもしつこいから逢う約束をしたわ」
「いつ、どこでだ?」
「渋谷のハチ公前で待ち合わせして、それから近くの喫茶店に入った。10時頃だったと思うわよ。まだあいつ、指名手配されてなかったから大っぴらに歩いていられたのよ。私はもううんざりしてたから、持ち合わせの5万円を渡して、もうこれで縁を切ってと頼んだわ。2度と私の眼の前に現われないでくれってね」
「上田の宿(ヤサ)を知っているか?」
「千駄ヶ谷の簡易旅館でしょ」
それだけ言うと、ユミは再び酒を煽り、いつまでもブツブツと管を巻いた。
覆面パトカーに戻ってから、正義が口を開いた。
「あの女………喋り過ぎだ」
「君もそう思うか?」
車を店と反対側の路上に移動させながら、草野が答えた。
「どこかに……上田を匿っているよ、彼女は。念の為、簡易旅館へは黒部達に行って貰って、我々は彼女を張り 込もう」
「はい……」
梨樹は頷くと、覆面パトカーのドアを開けた。
「俺はバーの裏口を張り込みます」
「頼む」
草野の声を背中で聞いて、梨樹はバーの裏手へと歩き出した。
退屈で長い時間が過ぎて行く。
そして………
ユミが店を退けたのは、草木も眠る丑三つ時……裏口から煙草片手にフラリと出て来た彼女を、梨樹は付かず離れずの距離を保って尾行を開始する。
彼はユミが店の表側の道路に出ると、片手を上げて、草野に合図をする。
尾行を続ける梨樹の遥か後方を、草野はゆっくりと車を進めて行く。
やがて彼女は、新宿駅の西口側に出て、そこで流しのタクシーを拾った。
草野は猛ダッシュを掛け、梨樹の近くに車を停める。助手席に座っていた正義が、後部ドアのロックを解除し、梨樹は素早くそれに乗り込む。
再びタクシーを追って発進した車の中で、梨樹は訊ねる。
「千駄ヶ谷の簡易旅館の方はどうなりました?」
「ああ…案の定、ガセネタだったよ。林さんから連絡があった」 
※ ガセネタ … 嘘の情報の事
「やはりそうですか……」
梨樹は溜息混じりに呟く。
「………タクシーが停まります」
正義が低い声を出した。
24時間営業のコンビニエンスストアの前に、テールランプを点滅させたままタクシーが停まり、ユミがスッと店内に入る。
タクシーはそのまま彼女を待つ。
逃げる気配が無いかどうか、3人は眼を凝らした。
5分程で出て来た彼女は、店の専用袋にインスタント食品を沢山詰め込んでいた。
「見たか?今の買物」
草野が呟いた。
「インスタント食品ばかりでしたね」
梨樹が答える。出した結論は同じだ。
「男に差し入れるんだろう……」
「このまま上田の所にご案内して下さる訳ですね」
梨樹はキッと前を走るタクシーを見据えた。

 

− 第5部 (5) へ 続く −