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DETECTIVE STORY

 

 

第5部 『 砂の迷路 』 (5)

 

 

やがて、ユミを乗せたタクシーが、とあるマンション前で停まる。
ユミはそそくさと入って行き、梨樹は驚きの声を上げる。
「あれ?ここはまだ分譲してない筈だぞ………」
「上田はやはりここにいますね」
正義が呟き、草野は無線を掴んだ。
「林さん、草野です。上田の消息が掴めました!応援願います」
連絡を済ませると、草野は普段は滅多に抜かない拳銃をホルスターから抜き、弾倉を確認した。
6連式リボルバーの銃に、5発の弾丸が装着されている。1発目に当たる所だけ、弾丸が抜かれている。
「草野さん、奴はハジキは持ってない筈ですが」
梨樹は草野の顔を見た。
「解っている……だが、追い詰められたら何をするか解らんからな」
「女を盾に……?」
眉を顰める正義に、草野は黙って頷いた。
「確かに有り得ない事じゃありませんね」
と、梨樹もマグナムを握り締める。
「応援が来る前に、中の様子を確認する。状況によっては、そのまま突っ込む………いいな?」
草野の言葉に2人は無言で、しかししっかりと頷き返した。
「よし、行くぞっ!」
3人の刑事は機敏に行動を開始する。
足音を殺し、眼を光らせて、物陰に潜みながら進んで行く。その表情たるやデカ独特の物だ。
梨樹が眼を更に光らせて囁いた。
「草野さん…モデルルームから明かりが洩れてる」
ほぼ出来上がったこのマンションの1階の1室が現地モデルルームに充てられていた。
「ああ……梨樹、お前ベランダに潜り込んでくれ。俺達はモデルルームの入口へ回る」
「解りました」
梨樹はサッと2人の視界から消えた。
草野は正義を連れて、建物の中に侵入した。
……梨樹は靴を脱いで、ベランダの桟の隙間からそれを差し込むと、軽々と攀じ登った。
靴を履いてから、彼は屈んで窓の中を覗き込む。
人影が2つ、微かな灯りの中に浮かんでいた。
懐から小型無線機を取り出して、そっと囁く。
「松田です……上田を確認しました。そちらから見てキッチンの左側の居間に、北野ユミと一緒にいます」
『解った……暫くそこで待機してくれ』
「了解!」
草野の声に答えて、梨樹は険しい眼を再び部屋の中へと向けた。

 

 

林が、黒部や猛と共に応援に駆け付けるまでには、それ程時間を要さなかった。
「西条デカ長も今こっちに向かっているが、行けそうなら俺達だけで突入してもいいそうだ。血を見ないように慎重に、との事だ」
林がハンカチで汗を拭き拭き、西条の言葉を伝えた。夏でもないのに、余程急いで来たらしく、額に玉のような汗を浮かべている。
草野は彼に頷くと、猛に合図をして、梨樹のいるベランダにやった。
「梨樹、聞こえるか?今、中村をそっちに行かせた。俺達は今からジャスト5分後に中へ踏み込む。だが、お前はそのまま待機していてくれ。奴は必ず北野ユミを羽交い絞めにして逃げ仰そうとする筈だ。お前の役目は女に突き付けられた凶器を撃ち落とす事だ………お前にしか出来ん。1つ間違えば、上田かユミが生命を落とす。或いは流れ弾が俺達を襲うかも知れない。お前は人を撃たない為にマグナムを愛用している筈だ………だからこそ、お前にこの仕事を託す。上田を無傷でパクりたい。お前の射撃の腕なら、充分にこなせるだろう」
「解りました!やります!」
短く答えて無線を切ると、梨樹は腕時計に眼を落とし、それからマグナムを握り締めた。
そう………梨樹も、そして死んだ風見祐介も、『人を撃たない為』に、対戦車用の底知れぬ破壊力を持つマグナムを握り続けていた。
そして、2人が警視庁で5本の指に入ると言われる程、射撃の腕を磨いたのも、同じ理由からだ。
(祐さん……お前の分まで、俺はこいつと生きて行くぜ……!)
「先輩……」
ベランダの下から猛の声がする。
「おい!あと2分しかないぞ!」
「はいっ!」
「靴を脱いでから上がって来い」
猛は言われた通りにして、忍んで登って来た。
「猛……万が一、俺が失敗したら、その時は頼むよ」
「何言ってるんですか?先輩が標的を外した所なんて、1度も見た事がないですよ」
「万が一、さ」
「……………解りました」
猛が答えた時、再び草野から無線が入った。
『そっちの準備はいいか?』
「OKです」
『了解………行くぞっ!』
無線が切られると同時に、草野と正義を先頭に彼らが部屋に踏み込んだのが、ベランダにいる梨樹達にも解った。
鍵は内側から掛けられていたが、既に正義がピッキングで開錠しておいた。上田も同じ方法で侵入したようだ。
「貴様!サツに売ったな!?」
「嘘よ!知らないっ!私は……」
「黙れっ!」
ユミに詰め寄った上田誠は、彼女の首を左腕で強く絞めて、ナイフを突き付けながら後ずさる。
無論、ユミが恰好の盾になっている。
梨樹はマグナムを構えて、チャンスを待つ。
「上田!その人を離せ!もう逃げられんぞ!!」
「そうは行くか!」
正義の言葉も軽くあしらい、上田は益々強くユミの頬にナイフを押し付ける。
少しだが、皮膚が切れて血が流れ、ユミは恐怖に戦いて震えている。
「女を殺されたくなければ、全員ここから撤退しろ!」
喚く上田に、梨樹は焦燥の冷や汗を垂らしながら、ひたすらチャンスを狙い続ける。
一瞬でも隙あらば、梨樹の指は正確に引き金を絞り、違う事無く獲物を捉える筈である。
息詰まるような時間は、表面上では静かに、しかし激しく過ぎて行く。
正義は一瞬の内に、ある賭けを決意して、窓の外のベランダに潜む、梨樹に鋭い眼で合図した。
梨樹には、正義が謀っている事までは理解出来なかったが、意図する物は感じられたので、承諾の意味を込めて頷いて見せる。
それから正義は重々しく口を開いた。
「上田、お前はもう逃げ切れんのだぞ。ベランダからの逃走ルートしか残されていない……だが、そこには当然ながら既に我々の仲間が手薬煉引いて待っているよ」
彼の言葉に、林や黒部は、上田以上の驚きを見せた。
だが、草野は一瞬苦笑を洩らしただけで、動じない。
「正義の奴、そう来たか!」
梨樹は呟くと、スックと立ち上がり、注意を引くように「上田!」と叫んだ。
上田がそれに反応した時に、一瞬の隙が出来、梨樹のマグナムがガラス越しに彼のナイフを捉えた………
カキィーン……!!ナイフは煌きながら、上田の手をスローモーションのように擦り抜けて行った。

 

 

余りにもあっさりと、上田は捕まった。
全てが終わってから駆け付けた西条部長刑事は、『ご苦労さんだった』と全員を労った。
梨樹のマグナムに跳ね飛ばされたナイフは押収され、鑑識の結果、島谷五郎巡査を殺害した凶器であると断定された。
「しかし、牧野君には肝を冷やしたよ」
林が大して効果も無いのに、ハンカチでパタパタと扇ぎながら言った。
「全く同感。結果が良かったから救われるけど、本当に冷や汗物だった」
黒部も覆面パトカーのルーフに肩肘を乗せながら呟いた。
「梨樹を信用していたから、出来た芸当だ。そうだろう?」
草野は正義の肩に手を乗せ、正義は黙って頷いた。
梨樹はそれを受けて、ちょっとくすぐったいような顔で微笑った。「それだ……それが真のお前の顔だ」
梨樹は草野の言葉に怪訝な顔をする。
「休暇は必要なさそうだ」
「草野さん………」
夜が明け始めた。
草野は眼を細めてそれを見上げながら、
「梨樹。3日連続徹夜だな?」
と呟き、彼に向かって微笑んだ。

 

 

上田の取り調べを終え、調書が完成されたのは、もうその日の昼時で、梨樹は正義と共に、風見祐介の墓参りをした。
身寄りが無い為に、父親と母親が眠る墓に早くも納骨されているのだ。
早く一家全員を一緒にさせてやりたい、と言う沢木の気持ちもあった。
真新しい白木の板に祐介の俗名と戒名が墨痕鮮やかに書かれている。いずれはこの墓にそれが刻まれる事になる。
多くの花が捧げられていた。引っ切り無しに誰かしら顔を見せるのだろう。
ここ数日で、2人の警官の死を見た梨樹は、精神的にとても疲れていた。
だが、彼は今、この場でそれを断ち切ろうとしている。
正義が労わるように梨樹の肩を叩いた。
彼に頷いた梨樹は、空を見上げて陽の光を一杯に浴びた。
そして、大きく深呼吸しながら、もう1度、今度は明るいいつもの笑顔を正義に向ける。
「おばさんの店に行こう。深藪署に戻るのは、それからでも良かろう?」
正義は無言で頷き、彼の誘いに乗った。
2人は小さな骨と化した祐介が眠る墓に、そっと別れを告げ、おばさんの小料理屋の暖簾をくぐった。
「いらっしゃい!」
いつもと変わらぬ明るい声が2人を迎え、彼らは並んでカウンター席に腰掛けた。
おばさんが出してくれたお茶が、今日は格別に美味く思えた。
心が温まるような……そんな味だった。
(おばさんは、俺達に生命の洗濯をさせてくれる人なんだ………)
梨樹はそう思った。

 

 

2人の刑事は、気分も晴れやかにおばさんに送り出されて、二方に別れて行った………
空の蒼もくっきりと晴れやかに2人を見守っていた。

 

− 第5部 終わり −

 

◆『DETECTIVE STORY』はこれにて完結です。ご愛読ありがとうございました…◆

なお、この作品のサブタイトルは全て歌のタイトルから戴いています。
『風が伝えた愛の唄』 『黄昏迄』はさだまさし氏
『出航(さすらい)』 『終着駅』 『砂の迷路』は寺尾聰(あきら)氏
の昔のアルバムの中にある曲のタイトルです。ありがとうございました。