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永遠の時間(とき)が流れて

 

EPISODE−10  『永遠の時間が流れて』

 

 

「ALPEEはね。誰かが死ぬまでは終わらないと思うんだよね♪」
以前、坂羅井がインタヴューの中でこんな風に語っていた。
他の2人も言葉は違うが前後して同じような発言をしており、3人の絆の深さを改めて感じたものだ。
そんな彼らが最近になって一度だけ『もう終わりかも知れない』と思った事があったと言う。
それはアルバムのミックスダウンとニューシングルのプロモーションビデオの撮影の為に、ロスに行った帰りの飛行機での事だった。

 

 

天候調査中で出発の遅れた便に3人とスタッフは乗り込んだ。
右側窓際の席で作崎が機内サービスの日本の雑誌をパラパラと捲っているかと思えば、その左隣ではアルバムを仕上げた達成感と心地良い疲れに身を委ねて高根沢が毛布を首まで掛けてウトウトとし、通路を挟んで高根沢の隣にいる坂羅井は、その隣のマネージャー棚の上と何やら元気にトランプに興じている。
旅慣れた3人は移動中の時間の過ごし方にも手慣れており、飛行機の中では三人三様に過ごしているのだ。
因みに高根沢は、電車移動の時は愛用のノートパソコンを叩いている事が多いようだが、飛行機の中ではそうも行かず、ロスで買った英文だらけの本を読む内に睡魔に襲われたらしい。
高根沢が浅い眠りから目覚めた時、周りの人々の殆どが眠りに付いていた。
窓の外は暗くなっている。
毛布を掛けていない作崎に自分の毛布を掛けてやり、高根沢は伸びをした。
いくらリクライニングシートになっているとは言え、寝心地が良いとはお世辞にも言えまい。
背中が痛かった。
高根沢は凝りを解すように左右に首を動かしてから、作崎の、そして坂羅井の寝顔を覗き込んだ。
2人とも良く眠っている。
坂羅井がムニャムニャと食べ物の名前を寝言で言っている。
高根沢はフッと微笑んだ。
立ち上がって坂羅井の毛布を直してやった時、ドーンと言う衝撃が起きて、高根沢は通路に叩き付けられた。
離席禁止のマークは出ていない。
寝ていた者も衝撃で全員が目を覚ましている。
機体がガタガタと大きく揺れており、客席からはざわざわと不安げなざわめきが起き始める。
「おい、高根沢、でぇ丈夫か?」
作崎が毛布を剥ぎ飛ばして手を差し伸べて来た。
「あ、ああ。大丈夫だ………それより何だ、今のは?」
高根沢は呟いて座席に戻った。
「とにかくシートベルトをした方が良さそうだな」
高根沢がスタッフ達にもそう勧めた時、スチュワーデスから同じ指示が出た。
現在状況を調査中だと言う機長のアナウンスが入る。
「ねぇ、何だか高度が下がってない?」
坂羅井が2人だけに聞こえるように囁いた。
周りに聞かせて恐怖感を煽る事はない、と言う配慮だ。
だが、それに気付いている客は他にもいて、騒ぎ出し始めていた。
やがて機長の放送が入り、客席は一言も聞き漏らさない様にと静まり返った。
それによると、右エンジンが故障して、完全に動かなくなっているようで、現在不時着するベストな場所を管制塔と相談している所だと言う。
「お客様の生命を第一に考えておりますので落ち着いて下さい」とスチュワーデスが蒼い顔で繰り返している。
彼女達だって恐怖感は同じ筈だ。
しかし、マニュアル通りに気丈を保って客を落ち着かせるよう客席を廻って歩き、「念の為に」と断った上で、搭乗時に行なった救命具の使用方法を繰り返し説いている。
2度目の衝撃が来た。
いよいよスチュワーデス達も、座席に着いてシートベルトを着用した。
機体が木の葉のように断続的に揺れている。
ALPEEのメンバーの周囲は彼らのスタッフと、ビジネスで日本に向かう米国人たちが占めていた。
機長アナウンスが落ち着いた声で「操縦不能」を告げている。
海上に不時着を試みる、と英語と日本語での説明があった。
操縦室では、操縦不能ながら乗客を無事に帰す為の努力がなされているに違いない。
その努力にも拘わらず、飛行機は風に揉まれるように蛇行し始め、高度が益々下がって行く。
暗い海の中に異国の島が影となって窓の外を掠めて行く。
乗客の中には、手帳に遺書を認める者も出始めた。
高根沢はそっと瞳を閉じた。
そうして、日本に残して来た妻・瑠璃子の事を思った。
瑠璃子を残して逝く事になるかも知れない……
済まない、君にはもっと幸せな思いをさせてやりたかった。
………ドーン!!
右翼のエンジンがとうとう大爆発したようだ。
一部の客席からは弾け飛んで行く右翼の破片が見えて、それが余計に彼らの恐怖感を煽った。
死にたくない!と叫び出す者、怒り出す者、誰か助けて!と泣き叫ぶ者、もうパニック状態だ。
機体は急降下する。
もう高度も無く、海上スレスレに近付きつつある。
3度目の大きな揺れに考えを中断された高根沢も、覚悟を決めた。
その同じ時間に、作崎も坂羅井も、それぞれの心の整理を済ませた。
短い時間だが、彼らにはそれしか時間がなかった。
その間で何とか無理矢理に自分達の恐怖心に決着を着けたのだ。
無論、顔色は悪い。
だが、こうなった以上、ジタバタしても仕方がない。
運を天に任せ、心穏やかにしていよう。
3人は、同じ結論を見出していたのだ。
「賛美歌を歌おう。この中の、これから一緒に死を迎えるかも知れない人達の気持ちが少しでも穏やかで居られるように………これがALPEE最後の歌になるかも知れないけど」
高根沢が提案した。
坂羅井も作崎もそれに同意した。
作崎は作崎で、高根沢絵理の事を思い、高根沢は勿論瑠璃子の事を思い、坂羅井もきっと大切な誰かの事を思い、そして3人はALPEEを誰よりも愛してくれた多くのファン達に思いを馳せて、静かに美しいハーモニーで歌い出した。
瞳を閉じて、心を込めて一心不乱に祈るように歌い始めた3人に、最初は彼らのスタッフ達が同調して一緒に合唱し始めた。
みんな下手くそだ。
それでも、中心となっているALPEEがいるので、聴けないと言う程ではなかった。
何時の間にか合唱は周囲に拡がり始めた。
米国人のビジネスマンなど、賛美歌を歌い慣れている者達が周りにいたからだ。
ALPEEは英語で歌い始めたのだが、中には日本語も混じり始めた。
ドイツ語やフランス語も………
言葉の壁は全く無かった。音楽に国境は無い。最後にそれを実感出来て、3人は満足した。

 

 

瞳を閉じたまま、激しい衝撃を覚えた。
彼らはそのまま暗く深い闇に浚われて行った………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識を取り戻した時、まるで船の上に揺られているような感覚を覚えた。
坂羅井には快い揺れだった。
そして周りは明るくなっていて、手荷物やら機体の破片やらが散乱している機内は水浸しになっていた。
自身も海水をかぶっている事に彼は気付いた。
そして既に救助隊が機内に入っている事が解って、坂羅井は飛び上がった。
「助かったんだ!助かったんだよ、高根沢、作崎♪」
坂羅井は、周りの人間を起こしに掛かった。
作崎は何かで頭を打ったらしく、暫くは「おぇ〜!気持ちわりぃ〜」と口走っていたが、取り敢えずは大丈夫そうだ。
高根沢は口の中を切って、口の端から一筋の血の跡を作っていたが、これも大した事はなさそうで、更にスタッフ全員の安否を確認すると、坂羅井はホッと一息つくのだった。
「ALPEEが終わりにならなくて良かったね♪」
坂羅井は実感を込めて、呟いた。
未だ日本は遠かったが、大切な人達の暖かな懐に戻った気がした。

 

EPISODE−10  −終わり−