永遠の時間(とき)が流れて

 

EPISODE−3  『長い夜』

 

 

ALPEEの「長い夜」と言えば、年に2回、夏休みと大晦日に行なわれるオールナイトコンサートであろう。
ファンに取っては心置きなく楽しめるお祭りだ。
サービス精神旺盛な彼らの事、オーディエンスに満足して帰って貰う為には、決して妥協はしない。
彼らはスタッフがステージに関する案を持って来るのを待ってはいない。
その多忙なスケジュールを無理にでも裂いて、必ず最初の立案段階からスタッフの会議に同席している。
自分達のステージに対する意欲は、貪欲と呼んでいい。
今年の夏のテーマは、「心!全開!丸裸!!」だ。
ALPEEと一緒に素の自分に戻ろう、と言うのだ。
会場は昭和記念公園。
通常の春ツアーがまだ始まる前の2月の初め、既に真夏のイベントに向けて。彼らは動き出していた。
会議は、ALPEEの3人にステージのテーマや意向を訊く事から始まる。
高根沢から今年のテーマが発表され、今現在考えられる演奏曲目を彼自身がワープロで打った物が配られた。
これは既にメンバー3人で膨大な楽曲の中から選んだ珠玉のナンバーを纏めた物であった。
彼らの場合、曲目によって、照明のプログラムなどがきっちりと組まれている。
勿論、会場やコンサートの流れによって手直しはされるのだが、スタッフに曲目リストを渡すのは、彼らにイメージを作り易くさせる為なのである。
曲目はこれからも本番までにどんどん変わって行くだろう。
それに対応出来るスタッフがALPEEを支えている。
1人1人全てがプロフェッショナルだ。
「ステージセットはシンプルで開放感が感じられるような、高さのない物がいいと思う」
高根沢が口火を切った。
「色合いもシンプルに白に統一して…勿論、衣装も」
「出来るのならば、また全方向すてーじをやりたいんだよね♪」
坂羅井も発言した。
数年前、『ALPEE ALLNIGHT DREAM』の時にやった全方向ステージは、オーディエンスに大好評だった。
その後、武道館でもやった事があるが、「出来るだけみんなに公平に見て欲しい」と言う彼らの姿勢が、ファンを何よりも大切にするその思いを象徴していた。
「おっ、それいいねぇ。あれはやっててこっちも気分がいいゼィ!」
と威勢がいいのは作崎。
「それもいいんだけど、何かもっと新しい事をやりたいんだ。オーディエンスを驚かすような……」
高根沢が噛んで含めるような言い方をした。
「全方向ステージをやるにしても、あれ以上の事をしなければ………」 
「もっと観客の近くに行けないものかなぁ?」
坂羅井が言った。
「そう!それなんだよ。さっきからそれを考えているのだけど………」
「例えば六角形なら六角形の全方向ステージの全ての角にクレーンを付けちゃえば?……武道館の時の応用だけどよ」
作崎がアイディアを出した。
「それは、実は俺も考えた。だけど、武道館の時は、2階席のファンの近くに行くと言う事だった訳だけど、野外イベントでは違う。オーディエンスの頭の上を俺達が動き回る事になる。これは危険ではないのかな?」
高根沢が腕を組んだ。
「蒔ちゃん、その辺はどうなんでぃ?」
作崎に促されて、舞台監督の蒔田が立ち上がった。
彼はWMP傘下の舞台設営会社社長でもある。
「そうですねぇ。客の上に転落でもしたら、洒落になりませんからねぇ……まあ、ビデオクルーが乗っていて落ちたと言う話は聞きませんから、メンバーにもちょっと慣れて貰えれば大丈夫だとは思いますがね。これに付いては、次回会議までに検討して来ます」
こうして、ALPEEのメンバーにいかにして安心してプレイに専念して貰えるか………その為に彼らスタッフは奔走するのである。
「それから曲目なんだけどね。今年はまだあるばむを出してないから、自由に新旧交えて演奏しようと思うの。りすとにあるようにね。いつからのふぁんでも楽しんで貰いたいからね♪」
「それともう1つ。そこにはまだ書かれてねぇけど、最後にみんなで合唱出来るような曲を作りたいんでぃ。覚え易いメロディーと歌詞でね。一応、曲を高根沢、詞を坂羅井とおいらが作ろう、と言う事で決めてあるんでぃ」
「これをコンサートの後、ライヴヴァージョンのままで、何も手を加えずにシングルとして発表しようと思っている。オーディエンスの声も入れてね。だから、客席にも通常以上の録音マイクをセットして欲しいんだ。PEACEレコードの方とは、話が付いているから」
最後に高根沢がメンバーの話を纏め、PEACEレコードから来ている広報担当の葵と、信頼している録音技師主任の御手洗を見ると、2人とも力強く頷いて見せた。
「解りました。それは決定事項として、準備に入りましょう」
蒔田が答えた。
「それからバックメンバーなんですが、どうしますか?」
3人でやるのか、それとも誰かを頼むのか、と訊いている。
「それなんだが、今年はギターに専念したいと思っている。キーボードもやるとそこから動けなくなる。それでは今年のテーマにそぐわないからな……実はAFFECTIONの連中に頼もうかと思っている」
普段はステージでギターを抱え、キーボードもこなす高根沢が答えた。
「なるほど。それなら早速交渉しないと。じゃ、そちらは棚の上さんにお願いしますか」
WMP社長の野槙の隣に座っている棚の上が立ち上がり、
「AFFECTIONのスケジュールは確認済みです。向こうのマネージャーと連絡を取りますので、少し席を外させて下さい。すぐに結果は出ると思います」
と、携帯電話と分厚い手帳を手に、会議室の外へ出て行った。
ALPEEのメンバーは、現在シングルのレコーディング中である。時間は余り無い。
会議は棚の上の戻りを待たぬまま、進んで行く。
「楽器はどうしますか?新しい物を作ります?」
楽器担当チームのチーフ、藤堂が訊いて来た。
「作崎はあこーすてぃっくぎたあだから、無理なんだけどさぁ。わたしと高根沢のは、すけるとん(←スケルトン!)のぼでぃーの奴を作ろうかな、と思ってるんだけど」
「そうですか。それでは、後でベースにするギターをどれにするか、教えて下さい」
「うん♪」
「俺は、『Takanezawa Custom』で宜しく!」
高根沢は即座に、最近自分が企画してギタークラフトの専門店に作って貰ったオリジナルギターの名を上げた。
勿論、音や使い勝手にはとても拘って作った物だ。
因みにこのギター、一般にも売り出されており、ギター小僧はバイトをし、小遣いを節約しては、我先にと買いに走ったものだ。
憧れの高根沢と同じギターを弾きたい。
そんなギター小僧達のニーズに合っていたらしく、決して安いものではないのに、驚く程の売り上げが上がったと言う話だ。
きっとまた、スケルトンタイプを発売したら、彼らが殺到するに違いない。
「なぁ、おいらもそれに乗りてぇな。アコースティックギターじゃあ、無理かねぇ?」
「俺のギターを作った所に相談してみるか?ボディーが木ではないのだから、音がどうなるかは全く未知数だけどな」
高根沢が答えた。
「いっその事、作崎、そこだけエレキギターを持ったら?」
「いいよ、エレキは音がうるさくて。弾けない事はないけどさ。おいらはアコースティックでいいゼィ」
坂羅井の提案は一瞬の後に却下されてしまった。
アコースティックギターの名手である作崎には、エレキは弾かないと言う強い信念があるのだろうか?
(でも、以前コンサートてベースを弾いているのは見た事がある)
「まあ、やってみましょう。作崎さんのは、全部スケルトンと言う訳には行かないかも知れませんが。音だけは譲れませんからね」
藤堂が締め括った。
ALPEEの夢はどんどんと彼らの手を借りて叶って行く。
その一端を自分が担っている事が、彼らスタッフの自信と喜びなのだ。
「AFFECTIONのマネージャー川野原君に連絡が取れました」
棚の上が戻って来て、AFFECTIONの出演OKの報をもたらした。
AFFECTIONとは、作崎の深夜放送で募集したALPEEのコピーバンドコンテストに応募して来たアマチュアバンドで、その演奏をたまたまラジオで聴いた高根沢が見出し、デビューのプロデュースをした5人組である。
高根沢曰く、「磨けば光るダイヤモンドの原石」だった彼らは、数年前に高根沢の手を離れた。
自分達でやって行ける実力を手にした、と高根沢が認めたからだ。
メンバー5人は当然、デビューより遥か前からALPEEのファンであり、高根沢の事を、雲の上の存在としてひどく尊敬していた。
実際に接してみて、厳しく、的確で、根気良く、決して妥協はしない高根沢も、素顔は思いやりに溢れた男である事は充分に解った。
高根沢は彼らにとって、実の兄のような存在になっていた。
ここ数年でヒット曲を連発して、もうすっかり実力派として世間に認知されている彼らも、さすがに大先輩ALPEEには頭が上がらないし、その畏敬の念は消えていない。
「喜んでやらせて戴きます、とはリーダーの紅鐘沢(あかねざわ)君の弁です」
もう既にプロジェクトは動き出し始めた。
次回までに会場の正確な測量をし、具体的にステージの位置や客席を決定し、ステージセットのデザインもいくつか上げられて来る事になった。
ALPEEの3人はレコーディングスタジオに慌ただしく戻り、スタッフ達もそれぞれの仕事場に別れて行った。
これからは、どこにいても、何をしていても、僅かな時間があれば、野外コンサートの事を考える日々だ。
それはコンサート当日、幕が開き、全てが終わるまで続くのだ。
そして、きっとその頃にはまた、新しい秋のツアーの事で頭が一杯になっているに違いない。

 

 

全てはALPEEとオーディエンスの長い夜の為に……… 

 

EPISODE−3  −終わり−