永遠の時間(とき)が流れて

 

EPISODE−5  『坂羅井の趣味』

 

いつ、どこで、誰に訊かれても、坂羅井はALPEEが趣味だと答えるに違いない。
それ程彼の生活を占めているALPEE。
1人でテレビに出演している時も、「ALPEEの坂羅井」と言うスタンスはいつも持ち続けている坂羅井から、ALPEEを取り上げたら何が残るのだろう……
作崎、高根沢と逢わない日でも、彼の口から2人の名前が出ない日は1日たりとも無い。
もう、家族同然、それ以上の存在になっている2人が、それぞれ結婚生活を始めたり、恋愛に時間を裂くようになったりして、坂羅井自身にも少しは自分の時間が出来たかと思われるのだが、彼は飄々として何一つ変わっていないようだ。
そんな坂羅井に1日ぽっかりとオフが出来た。
どんな過ごし方をするのだろう。
興味を引くところである。

 

 

ちょっと朝寝坊してみた。
元々夜と昼が逆転しているような生活だが、こんなにゆっくりと眠ったのは久し振りだった。
少し頭痛がする。
坂羅井は黒地に白のハートマークが入った羽毛布団を跳ね除けて、そろそろとベッドの上に起き上がった。 
インテリアは黒とグレーを基調にしてある。
※ 坂羅井のトレードマークは奇怪な帽子とサングラス、ハート柄
普段の坂羅井のイメージとは対照的な、シンプルな色調のワンルームだ。
ワンルームとは言っても、広さはかなりある。
坂羅井はステレオコンポーネントのスイッチを入れ、静かなFMを流すと、これもグレーのカーテンをシャーッと音をさせて豪快に開け、窓を全開にした。
マンションの最上階だ。
外の爽やかな初夏の日差しと涼しげな風がここぞとばかりに訪問して来た。
「う〜ん、風は爽やかなんだけど、頭の中が爽やかじゃないなぁ………」
独り言を呟くと、坂羅井は大きく伸びをした。
もう昼近い。
「久し振りにますたーの所へ行って、昼でも喰うか?」
大学入学以来の一人暮らしで、独り言の癖が付いてしまった。
3度の引越しでやっと見つけたこの居心地の良い部屋は、もう住んで5年になる。
最近買い替えたMD付きのステレオコンポは、小さいながらも迫力のある音を出してくれていた。
坂羅井のこだわりで部屋の四隅に吊るしたスピーカーから、良い具合に音楽が流れて来る。
今は小さ目の音で、クラシック音楽が流れている。
それがとても心地良い。
坂羅井は外出の支度を始めた。
頭が痛かろうがそんな事は気にしない。どうせ寝過ぎたせいだ。
これ以上寝ていたって仕方がない。とにかく動き出してしまおう。
スピーカーからお昼の時報が鳴った。
今日は平日、FMからはALPEEの古い曲のイントロが流れ出した。
お昼休みの時間帯に、毎日いろいろなアーティストを特集する番組だった。
「おっ?懐かしいなぁ〜♪」
坂羅井は髭を整える手を止めた。
最近は余りライヴでもやっていない曲だった。
作崎のアコースティックギターに乗って、高根沢の澄んだ高音域のヴォーカルが聴こえて来る。
こうやってラジオから流れて来るのを聴いていると自分達の曲なのにとても新鮮に感じる。
「これだから辞められないんだよ〜ん♪」
自分達自身が一番のALPEEファンである。
これは3人とも自負しているに違いない。
それも、「自分が一番」だと、それぞれが思っている。
坂羅井は頭痛も空腹も忘れて、上機嫌になり、1時間のプログラムが終わるまで聴き入ってしまった。

 

 

ご近所の「ますたー」の所に行ったのは、1時を10分程過ぎた頃だった。コーヒーショップなのだが、軽食も出す。
とにかくここのマスターの気風の良さが坂羅井のお気に入りだ。
店の外装も内装も、何故か居酒屋風の日本的な造りになっている。
「あら〜、こりゃまた珍しい人が来たもんだ。今、みんなでラジオを聴いて噂をしてた処よ」
扉を開けた途端に浴びせられたマスターの第一声。
パチパチパチ…と拍手の嵐。
平日の昼間だと言うのに、何だか溜まり場風。
自営業のおじさん達のオアシスのよう。
坂羅井はこの店の常連達の間ではヒーローだ。
でも、お客は下町のおじさんばかり。
どちらかと言えば、作崎に似合いそうな店だと言っていい。
「久し振りだ〜ねぇ。忙しかったの?」
「うん。急に休みが出来てね。来たくなったんだよ〜ん♪」
「いつでもおいでって!……そうそう高根沢さんって結婚したんだって?めでてぇなー」
「羨ましすぎるぞ。スポーツ紙見たけど、すげぇ美人じゃないの」
「高根沢氏も『すげぇ』美貌の持ち主だけどねぇ〜」
「いいよなぁ。傍でいつも見ていられて」
「何だそれ?男だよ、お・と・こ!」
「でも、かっこいいぜ。クー!…って感じよっ」
「ああ、私の王子様〜」
「おいおい…」
「結婚するとは思わなかったよなぁ…」
「式は挙げないの?」
「それはそうと、坂羅井さんにはいい話ないの?」
「そうそう!」
「そうだよなぁ……もてるんでしょ?芸能人だもんなー」
「ガハハハハ!」
「さからいさんだってベース持つとかっこいいよ」
「坂羅井さん『だって』って何だよっ!失礼じゃないか?」
「うるせぇよ」
「いいよな、3人でいて、いつも楽しそう」
「学生ノリのままだし」
「羨ましいよな。好きな事でメシ喰えて」
「こちとらカカァとガキを抱えてよ」
「作崎さんや高根沢さんも一度連れて来てよ」
「賛成賛成!」
「坂羅井さん、もっと来てくれなくちゃ駄目だよ。俺らいつでも待ってるんだから」
「××××××××……」
「△△△△△△△△……」
「∴]■@o⇒k:pj@;”!▼l〒p0‘’§&[∠IK⇔(^_^;)D#‘V$PKJ+◆)i0*@^〆……!?」
あちらこちらから掛かる声。
みんながてんでバラバラ、勝手に喋っている。
坂羅井は殆ど喋っていないが、何だかホッとしていた。
自分が疲れているのだ、と言う事に今更ながら気付く。
ALPEEをやっている事、やり続けている事に何の不満もない。
むしろ楽しくて仕方がない位だ。
しかし、やっぱり肉体は疲れていると言う事か……
時間がもっと欲しい………
ここにいるとなぜか身体の疲れまでが癒されて行く。
高根沢が家庭を持ってから、心身ともに癒されているのが傍目からも解るようになって来ているが、そう言う事が自分にも必要だと言う事が、今、坂羅井にも良く解った。
そして、今の自分には『ここ』がそう言う場所なのだと………………
坂羅井は海鮮スパゲッティーを頬張りながら、幸せな気分を噛み締めていた。
まだまだALPEEレコーディングクラブも、ALPEEライヴクラブも、両方趣味として尽きる事はないだろう。
彼らにとっては、大学のサークル活動と何ら変わりはないのだから……
文化系と体育系の両方をやるのには活力がいるが、そんな事は彼らにとってどうと言う事はなさそうだ。
坂羅井は充分に鋭気を養って、店を後にした。

 

 

昼下がり、リフレッシュした気分で、ALPEEのオフィシャルファンクラブの事務所に顔を出すと、高根沢夫妻が来ていて、スタッフと談笑していた。
スラッと背が高く、美男美女の典型であるこの夫妻は、本当に絵に描いたような似合いのカップルだ。
「何してるの!こんなとこでっ!!」
坂羅井は大仰に驚いた。
「折角の休みにこんなとこに来てる場合じゃないでしょうが?!」
「自分だって来ているじゃないか」
高根沢は心底呆れた、と言うように答えた。
「瑠璃子が久し振りに事務所に遊びに来たいと言うから、一緒に来ただけだよ」
今や高根沢夫人に収まったヘアメイク担当の山本瑠璃子は、元々は『あるぴいふあん』のデスクをしていたのだ。
ツアースタッフは勿論、ファンクラブのスタッフとも顔見知りなのである。
高根沢はとても穏やかで優しい顔をして瑠璃子を振り返った。
1枚にのポートレートに残して置きたい位、良い表情だ。
幸せ一杯なのに違いない。
輝くばかりである。
そして瑠璃子も、入籍してから更にその美しさを増した。
内面の充実から来る美しさだ。
嫉妬したくなる位、仲が良い。
雑誌の『素敵なカップル』などと言う、特集に出て来そうな2人である。
坂羅井は少し当てられた感じで、
「結局、我々って休暇の使い方が下手なんだね…」
と溜息を衝いた。
「そこへ行くと作崎はでーとでもしてんのかな?……あいつはまいぺーすだからね♪」
坂羅井が言い終わらない内に威勢良く扉を開けて入って来た者がある。
「いえいっ!差し入れ持って来たぜぃっ!………あれっ?おめぇらこんなとこで何してんでぃっ??」

 

 

……結局、休みの日まで顔を付き合わせる3人であった。

 

EPISODE−5  −終わり−