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永遠の時間(とき)が流れて

 

EPISODE−7  『アレンジの依頼』

 

 

人の楽曲のアレンジだけの依頼と言うのは、高根沢は今まで余り頼まれた事がなかった。
プロデュースの一環として行なった事なら何度もあったが、今回の依頼は既に出来上がっている曲のアレンジのみだ。
それも何と歌い手は、30代後半の男性演歌歌手だと言う。
10年程前に出した1曲のヒット曲が表舞台に出た最後。
後は泣かず飛ばずで、懐メロ番組や、数少ない演歌専門の音楽番組にたまに呼ばれる位だった。
演歌不遇のこの時代に、起死回生を掛けて、と言う事のようだ。
タレントや俳優に転身すると言う手もあるが、歌唱力のある人物だけに、歌から離れられないのだろう。
そして仕事の依頼は作曲家本人からぜひにとの御指名であった。
随分風変わりな仕事だが、出来上がった曲が演歌なのかと言うと、そうではないらしい。
作曲家は国立の音楽大学を出ており、高根沢の6つ上の兄の先輩に当たる人だった。
もっとも同時期に在学していた訳ではないし、専攻も違ったのだが。
もう日本の歌謡曲史に残ると言われている有名な職業作家で、既にキャリアも20年を超え、シングルヒット曲の数を数えたら百は超えているだろうと言うような人物だ。
年齢は40代の終わり位、名前は鶴見統兵(つるみ・とうへい)と言う。
インテリ風のなかなか渋いルックスの持ち主である。
俳優でも通りそうな二枚目だ。
鶴見は、その曲を職業作家でない人間にアレンジして欲しいと考えたようだ。
曲調はロッカバラードで、ライヴのようなグルーヴ感が欲しいのだと言う。
因みに歌詞は新進気鋭の『PARADOX』と言うバンドのヴォーカル・降旗皓児(ふりはた・こうじ)を指名して、既に完成していた。
17歳の若さが言葉の魔法のような詞を紡ぎ出し、マシンガンのようなラップサウンドに乗って、若者中心に人気を博している。
歌謡曲の作曲家、ラッパーの作詞家、バンドマンのアレンジャー、そして演歌の歌い手。
実にミスマッチな組み合わせである。

 

 

高根沢は、スケジュールの合間を見て、まず鶴見の事務所に出向き、鶴見とその問題の演歌歌手に逢う事にした。
それは10月も終わりだと言うのに、汗ばむような陽気の午後だった。
彼は相変わらず忙しい身だ。
今日も他のアーティストのレコーディングスタジオから徹夜の状態で直行していた。
マネージャーの棚の上は今日も高根沢のオーバーワークを心配しつつも着いて来ている。
確かに高根沢の顔色は良くない。
その端正な蒼白い顔を、今日は薄い色のサングラスで隠している。
彼がサングラスをするのは珍しい事だが、疲労している時に出来易くなるものもらいが左瞼に出来ているのだ。
今日はコンサートもテレビ出演もないのが幸いであった。
そんな状況ながらこうしてこちらから出向くのは、業界入りが自分より先でなおかつ年も上である彼らが、高根沢にとっては先輩に当たるからだ。礼を失しない為に自分から申し出た。
高根沢は後輩にそう言う事を強要はしないが、自分は先輩に対して非常に律儀なのである。
存外、体育会系の考え方の持ち主なのだ。
因みに鶴見にあった時、きちんといの一番にサングラスを外さない非礼を詫びている。
鶴見は高根沢を歓待してくれた。
実は隠れあるぴいふあんだと言う事務所の女の子も大喜びだ。
演歌歌手はどさ回り先の東北地方から現在東京に向かっており、間もなくこの事務所に到着すると言う。
「ALPEEの活動も然る事ながら、君のプロデュース活動の方にも大いなる興味があってね。真山由紀の変貌振りには驚かされた。あの口パクアイドルがあそこ迄になるとはね………」
鶴見は、アイドル時代の真山由紀に曲を提供した事がある。
「あれを育てた君の力量と根気は素晴らしい。例え『安楽椅子』の玉井に頼まれたにしてもね……ああ、失礼。余計な事を言ったね」
5年前の事件については、当時マスコミに嫌と言う程ほじくり返されている。
鶴見が覚えていても不思議ではない。
しかし、高根沢は今も右足に残るあの傷痕がふとズキリと痛んだような気がした。
足の傷よりも心の疵の方が何倍も痛んだ。
その事には答えずに、話題を切り替える。
「………で、鶴見先生が作られた曲を歌うのは、一体誰なんですか?」
今の一番の興味はそれだ。
「多分、君も知っている人間な筈だよ」
鶴見は高根沢の反応を楽しむかのように、彼の蒼白い顔を覗き見た。
「何年前だったかな?『癒し酒』を大ヒットさせた……」
鶴見が言い掛けた時に、
「そうです。私がその名倉たけしです」
短髪に四角い顔の図体が大きい男がマネージャーと思しき40代の男性と共に入って来た。
凡そ高根沢とは正反対のルックスである。
背だけは高根沢の方が高いが。
名倉はまさに営業帰りらしくダークな色のスーツ姿だ。
ネクタイだけが少し派手目である。
勿論、それがそのままステージ衣装なのだろう。
デパートの屋上やら、どこかのイベント会場やら、宴会やら、きっとどこへでもカラオケテープ持参で歌って来るのに違いない。
しかし、ここにいるこの男は、そう言った事は感じさせない。
「鶴見先生、遅くなりまして。高根沢さん、お久し振りです」
実直な感じの男だ。
そう言えば、一時期テレビの歌番組で何度も一緒になった事がある。
「こちらこそ」
高根沢はソファーから立ち上がって挨拶した。
「いやぁ、ALPEEはずっとご活躍ですなぁ」
名倉と名乗ったその男には、何の屈託もない。
演歌歌手の仕事の特色なのだが、売れていなくても仕事はそれなりにあるからだろうか?
一度は売れた「ヒット歌手」の誇りを忘れてしまっていた彼に、今度の新曲の話を持ち込んだのは、某局のバラエティー番組のプロデューサーらしい。
高根沢は話を聴く内に、この朴訥な名倉と言う男がただ踊らされているのでなければ良いが、と思った。
ただ、名倉の声には魅力があった。
恐らく、今も営業で歌っているのであれば、声量が落ちている事はあるまい。
棚の上は、高根沢の顔色を伺った。
彼が気乗りしないようなら、この仕事は断ってもいいと思っている。
高根沢は少なくとももう少し話を聴きたいと思っているように見えた。
「名倉さんは、この話についてどう思われますか?」
高根沢は自分よりも少し年上のこの男に丁重に訊ねた。
演歌を捨てて違う分野の音楽に挑む事について、本人に逡巡はないのか?
高根沢が一番知りたいのはそこだった。
バラエティー番組の企画で、今流行りの『リベンジ』をする事になった彼は、これから髪を伸ばし芸名も変えて、一からやり直すのだと言う。
本当にそれでいいのか?
高根沢は本人の返答次第によっては、手を引く考えだ。
真山由紀の時には、やる気のない者に根気良くやる気を起こさせた。
それなりの価値があると思ったからだ。
それに真山なら出来ると言う確信もあった。
しかし、この何の屈託もない男に「それ」が出来るのだろうか。
高根沢にはまだ判断が付かなかった。
「私は、やりますよ!」
名倉の答えは力強く明確だった。
「元々歌う事が好きなのであって、演歌と言うジャンルに拘っているだけではなかったのですから。そして、私に は出来ると、そう思っています」
彼の言葉は高根沢の気に入った。
「確かに今は演歌のレコードは売れません。レコード会社から専属契約を打ち切られる演歌歌手は驚く程多いのです。でも、私はそれだからジャンルを変えようとしているのではありません」
名倉は興奮して熱弁を奮った。
「自分の可能性を試してみたいだけなのです。だから、演歌を捨てるのではありません。勿論、これからも『名倉たけし』として演歌は歌い続けます。ただ『二兎を追う者は一兎をも得ず』と言う言葉もありますから、今は自分の中で演歌を封印しようと言う事です」
高根沢は1つ頷いた。
「私はテレビ局に踊らされているつもりはありません。却って利用させて貰おうと考えています。いずれはジャズからツイストまで、ありとあらゆるジャンルを歌いこなせる美空ひばりのようなエンターテイナーになるのが私の夢なのですから。この話は私にとって、忘れていた夢を呼び戻す切っ掛けになってくれたのです」
決意表明、だった。
先程までの屈託のなさはすっかり消えていた。
高根沢は、黙って腕を組んで見守っていた鶴見を振り返り、
「この仕事、やりましょう」
と改めて答えた。
鶴見はにっこりと笑い、
「これが名倉君に歌って貰う曲のデモテープだ。本人の仮歌が入ってるからイメージし易いと思うよ」
と、1枚のミニディスクを差し出した。

 

 

夕方、高根沢は自宅ではなく、PEACEレコードの12階へ向かった。
テレビ出演する坂羅井を迎えに行かなければならない棚の上とは、鶴見の事務所を出た時に別れ、タクシーでここにやって来た。
ALPEE専用の状態になっている、使い慣れた第1スタジオに入る。
ディレクターズチェアーに落ち着くと、待ち切れないかのようにMDをデッキにセットした。
座った途端に疲れがどっと襲い掛かって来る。
長い間ろくに休みもせず八面六臂の活躍をしていれば、当然と言えば当然だろう。
それでも瑠璃子と一緒に暮らすようになって、随分と状況は良くなっている筈だ。
身体中がとろけそうな妙な疲労感に包まれた時、名倉の仮歌が耳に飛び込んで来た。
スタジオの大きなスピーカーから、それは強いインパクトで高根沢の耳に届いた。
優しく、そしてある意味激しいロッカバラードだった。
和音だけの簡素な伴奏に乗って、仮歌だと言うのに力を抜かずに本気で歌っている。
演歌歌手特有のこぶしも見られない。
普通の演歌歌手なら多少のこぶしが入ってしまう事は否めないのだが………
それで高根沢の意識は覚醒した。
「おっ?」と言う感じだった。
意外な物を聴かされた時の良い意味での驚き。
新鮮だった。
高根沢の蒼白い顔が上気している。
それはサブリミナル効果でも入っているのではないかと思う程、高根沢の脳内に刺激を起こした。
全身に麻薬でも廻っているかのようにアドレナリンが放出され、気分が高揚して来る。
「この声……これは行ける!」
決して錯覚ではなく、そう思った。
インパクトが強い。
何と言ったら良いのか、耳に残る声だ。
太くて押しの強い、高くて意外にも金属っぽい声。
こぶしを回していた時の声とは大違いだ。
声の出し方が全く違うのだが、のびのびと高音が出ている。
多少の歌唱指導は必要なようだが、まるで元々ロックヴォーカリストをやっていたのではと思わせるだけの物がある。
何時の間にか疲れは忘れていた。

 

 

高根沢はアコースティックギターでまずコードを刻みながら、構想を練り始めた。
やはりキーボードよりもギターサウンドを重視しようと考えている。
イントロと間奏、そしてエンディングには、印象的なエレキギターを聴かせる。
ロッカバラードなりの、グルーヴ感を出して行くつもりだ。
鶴見の要求てあるライヴ的な感じを出す為に、出来ればオケを一発録音したい。
それを自分ひとりで作る事は不可能で、坂羅井と作崎の力を借りねばなるまい。
或いは自分の好みで人数を集めて来るか……
高根沢から頼まれれば、一もニもなく駆けつけて来る音楽野郎はいくらでもいる筈だ。
いろいろな考えが頭の中を渦巻き、その中から高根沢はイメージを膨らませて行く。
慌ててやる必要のある仕事と言う訳ではないが、高根沢は最初の印象から来るイメージを大切にしたかった。
今の内に、溢れて来るイメージをある程度形にしてしまいたかった。
全ては良いものを作る為に、であった。
何もない所から物を創り出す。
それは決して生易しい物ではない。
高根沢は周囲から良く「身を削って創作活動をしている」と指摘されているが、それは確かに当たっていると言わざるを得ない。
何の苦労もなく、スルッとメロディーが出て来る事もあれば、散々生みの苦しみを味わった末に出て来る物もある。
そして、そのどちらが良いものになるのか、と言うと、決して甲乙付け難い。
どちらにも必ず光るものがある。
高根沢は決して妥協はしないからだ。
例え自分が創り出した物に対してであっても、客観的に見る事が出来る。
だから、そう言う眼を持っているからこそ、彼はプロデュース業が出来るのだ。

 

 

出来上がったオケは、「凄い」メンバーで録音された。
それだけで話題性がある程に、である。
今回は敢えて坂羅井と作崎に頼むのは止めた。
若い、粗削りなメンバーを揃えた事で、ALPEEとは別物のグルーヴ感を出す事に成功した。
ピアノは高根沢が自ら弾いて、ギターは『AFFECTION』の紅鐘沢と、高根沢が手掛けた新進バンド『CONFUSION』のギタリスト高崎宗司に任せた。
ふたりとも高根沢に心酔するギタリストだ。
それはもう嬉々として競うようにそのテクニックを曝け出す。
彼らのツインギターのパワフルな事と言ったら……それはもう極上物だ。
そして高根沢のピアノも決して負けてはいない。
ジャズの素養を感じさせるような力強い弾き方だ。
ベース、ドラム、キーボード、パーカッションは若手スタジオミュージシャンを頼み、コーラスは高根沢自身と彼の秘蔵っ子である真山由紀。
臨場感溢れるオケが無事に仕上がった。
スタジオの熱気は凄まじく、彼らのノリはまさにライヴそのものであった。
そしてその上に乗る名倉たけし、いや、新しく生まれ変わった『氷川涼』のヴォーカルがまた、パワフルで良い。
(それにしても涼しげな名前である…)
オブザーバーとしてヴォーカル入れにも立ち会った高根沢は、自ら成功を予感した。
高根沢の予感は当たり、スタンドマイクで派手に歌う正体不明の(最初はそう言う形で売り出した)ロック歌手、氷川涼は受けた。
アレンジに著作権はないので、高根沢の実入りは売り上げと比例する訳ではないが、ある種の達成感があった。
髪を少し伸ばしてツンツンに立て、服装も全く今まででは考えられない黒の皮ジャンとパンツと言う『氷川』のスタイルは、演歌歌手の前歴を完全に払拭し、ガタイの良い、パワフルなお兄さんと言う感じだ。
驚く程の変貌振りと言っていい。
演歌歌手をしていた頃より2〜3歳若返っている。
テレビの出演依頼も殺到し、先日の某高視聴率音楽番組では、1ヶ月後に発売となる自らの新曲のプロモーションで出演していたALPEEの3人と、紅鐘沢、高崎、そして真山が、とうとう『氷川』のバックでセッションするまでに盛り上がってしまった。
この日の盛り上がりは凄く、見逃した音楽ファンは大いに悔しがったと言う。
一般のテレビ誌や音楽雑誌、『あるぴいふあん』の会報のコーナーにもビデオのダビング依頼が殺到した。
1ヶ月後、くだんのバラエティー番組で彼の正体が明かされると(変身前までの顔はモザイクを掛けて放送されていた)、意外な事に名倉たけし名義の演歌のレコードまでが飛躍的に売れ始め、その波紋は予想も付かない方向に拡がって行った。
どう考えても演歌世代とは思えない若者達がどうやら面白がって買っているらしい。
高根沢としては本当に面白い仕事だった。
たまにはこんな仕事もいい、彼は少なからずそう思った。

 

EPISODE−7  −終わり−