永遠の時間(とき)が流れて

 

EPISODE−8  『30秒の為の25時間』

 

 

ALPEEに初めてのCM出演の話が舞い込んだ。
初めてと言うと意外に思われがちだが、彼らはCMソングを除いて、自分達のレコードのプロモーション以外のコマーシャルフィルムに露出した事は今までに一度も無かった。
今回の話は、高根沢が作った『COSMOS BLUE』と言うタイトルの新曲が全面に流れるミニディスクのCMだ。
こんなCM、今までになかった方が不思議だったと思える位、ぴったり来るではないか。
どちらかと言えば、音響関連よりもパソコン関連で名を馳せているメーカーが、音響事業にも力を入れようと満を持して開発した、美しいブルーのスケルトンタイプの新製品を発売するに当たり、どんなタイプの曲でもこなすマルチタイプのアーティストであるALPEEが商品にコンセプトに一致した。
偶然にも、夏のイベント用に彼らが作ったギターがプルーのスケルトンタイプで、まるでこのCMの為に誂えたかのようだった。
撮影は秋のコンサートツアーの合間に都内のスタジオに集合し、正午から行なわれた。
まずは衣装を着けながら、CMプランナーから絵コンテを片手に全体のイメージと今日の段取りが説明される。
それによると、大体プロモーションビデオの撮影と似たような雰囲気で、商品を持ってポーズを取る事はあっても、台詞は無い。
役者の経験がない3人は少し安堵する。
ただ、高根沢には宙吊りになってギターを演奏するシーンがある。
高さは大した事はないが、浮遊感を出す為だと言う。
水色の透け感がある布を身体に纏い、ビジュアル的に若者に訴えるつもりのようだ。
元々MDの購買年齢層はそう高い物ではないだろう。
ミーティングをしながら、衣装替えを終え、そのままメイクに入る。
今日は広告代理店が用意したヘアメイクが3人派遣されて来ており、瑠璃子は家で留守番である。
坂羅井と作崎には、濃い水色の、それぞれ2人に合ったデザインのスーツが宛てがわれた。
そして、作崎の髪にはブルーのメッシュが入れられ、坂羅井の帽子はいつものトレードマークと同じ形だが、全体がブルーに光る電飾付きの物だ。
ついでに彼のサングラスもブルーの物に替えられた。
(因みにこの帽子とサングラスは撮影終了後に坂羅井にプレゼントされた)
3人とも蒼を基調に統一される。
高根沢の髪にはやはりプルーに輝くティアラが飾られた。
ホットカーラーで緩やかに掛けられたウェーブにそれは良く似合っている。
撮影用に施された薄化粧と相まって、高根沢の美しさが際立っていた。
監督の意図の殆どはこれだけでも完遂されていると言っていい。
「どうです?気分は」
CM撮影の取材に来ているファンクラブの女性デスクが、支度が終わった3人に訊ねた。
「ちょっと派手だけど、ステージ衣装の延長って感じかな?」
高根沢が早速答えた。
彼の衣装は、先程も述べたが水色に光るオーガンジーを幾重にも身体に巻き付けたような印象だ。
その下から、少し濃い目の水色のパンツを履いた長い足が覗いている。
靴は白いエナメルだ。
「とても綺麗ですよ」
「綺麗って言われても、別に嬉しくないけど…」
首を傾げる高根沢に、光る素材で出来た綺麗な水色のスーツの中に、前立てにドレープが付いた真っ白なブラウスを着せられた作崎が、
「おめぇはいいよ。そう言うの着慣れてるから。おいらはどうも気恥ずかしくて行けねぇや……」
と、情けない顔をした。
「でも、結構似合ってるよ♪うん、大丈夫、だいじょうぶ♪……わたしなんか、電飾帽子だよ〜ん!」
坂羅井も話に参加して来る。
彼のスーツは同じく光る素材の濃い水色だが、デザインが詰襟タイプになっている。
上衣丈が短いが、それが彼にぴったりだ。
「お前が一番似合っているよ」
高根沢がボソッと呟いた。

 

 

撮影は、まず一番大変な高根沢の宙吊りシーンから始まった。
実は先程、衣装を着ける途中で沢山のベルトを身体に着けたのだが、それに頑丈な宙吊り用のベルトを繋いで行く。
ベルトは後でCGで簡単に消す事が出来るのだ。
そして、例のブルーのスケルトンギターを特製の透明ストラップで肩に掛け、いよいよ撮影が開始された。
演奏シーンを撮るが、実際に音は出さない。
音を出す為のシールドをギターに繋げば、宙吊り撮影の邪魔になるからだ。
しかし、このシーンの時にCMタイアップ曲のどの部分が流れるかと言う事は事前に解っているので、撮影はその音を流しながら行なわれた。
この辺りは全くプロモーションビデオの撮影と同じ手法だ。
高根沢は、その音に合わせてギターを掻き鳴らす。
勿論、彼は手抜きはしないから、シールドさえ繋げばいつもと同じ音がするように弾いている。
美しく全身をライトアップされた高根沢が夢のように宙を舞った。
同じシーンを何度も何度も撮影する。
たった15秒か30秒のCMの為に、長い時間を費やして、何テイクも撮影は繰り返される。
撮影はテレビドラマなどで使用されるビデオテープではなく、映画用のフィルムが使われた。
肌理の細かい美しい画像が撮れるのだ。

 

 

結局、高根沢は都合4時間も宙吊りになっていた。
合間合間に降ろされての休憩はあったが、何も言わない高根沢の横顔に疲れを発見した監督が、そこで宙吊り撮影を終わりにした。
衣装を着たまま、スタンバイしている坂羅井や作崎も疲労は同じである。
30分の休憩が決まり、飲み物が配られた。
長時間ライトに当たったままだった高根沢は、喉が異様に渇いていた。
楽屋に戻ると、彼には珍しく500mlペットボトルの烏龍茶を3分と経たずに飲み干してしまった。
すぐにヘアメイクの女性がやって来て、髪とメイクの乱れを修正して行く。
衣装や髪が乱れる為、疲れてはいても楽屋で横になったりソファーに寄り掛かったりする訳には行かない。
3人ともその辺りはプロである。
背筋を伸ばして、椅子に掛けていた。
「いやぁ、CMの撮影って大変なんだねぇ♪もっと簡単に考えてたよ〜ん!」
辺り一体が騒々しい中、坂羅井が皆の疲れを取り除こうとするかのように雑談を始めた。
「何でぃ、朝までスケジュールが取られてたじゃねーかよ?気が付かなかったのかい?坂羅井」
作崎が飲んでいたオレンジジュースをテーブルに置いて、ニヤニヤした。
撮影スタッフは、商品の撮影の為に、朝8時からスタジオ入りしており、撮影終了予定の翌朝9時は、何と撮影開始から25時間後!である。
坂羅井達が賑やかな中、高根沢ひとりが大人しい。
やはり4時間の宙吊りは堪えたようだ。
「でぇ丈夫かよ?高根沢?」
作崎が気遣った。
「泥のように疲れたって言うのは、こんな感じなんだろうな……」
高根沢も珍しく物憂げにそんな答えを吐く。
だけど、その姿がとてつもなく美しく、儚ささえ孕んでいる。
実は監督の狙いはそこにあったのだ。
そんな事は彼らが知る由もなく、会話は続いた。
「重症だね……明日、この撮影が終わった後、新潟まで移動だよん。だいじょうぶ?」
「なーに、コンサートのステージに立てば大丈夫さ。音を出せばすぐに力が漲って来る」
高根沢が声だけを明るくして周りのスタッフに聞かせる。
みんな安心してくれ、と言外に言っている。
次の撮影はライヴシーンだ。
ADが彼らを呼びにやって来た。
「よし!一丁やってやろうぜぃっ!!」
作崎が威勢良く発破を掛けて、3人は立ち上がった。

 

 

先程のブルーの衣装で、3人はお手の物のライヴシーンの撮影に入った。
何度も、実際と同じ演奏をする。
今度はシールドもちゃんと繋いで、音も出している。
だから、実際にON AIRされるのはCDの音であっても、ライヴ感はとても良く出ている。
3人は文字通り躍動し、嬉々として、目映い位に輝いていた。
音を出すのはいつでも楽しい。
彼らは心から字面通りの『音楽』を実践している。
自然に発揮される彼らのその雰囲気はカメラを通しても十二分に出ていた。
坂羅井の電飾帽子もここで出番だ。
3人はエキサイティングなスタジオライヴを展開して行く。
見ている者が本物のライヴを見ているように錯覚する程の物で、CMの撮影だった事を忘れてしまいそうな出来だった。
CMは今日撮影したいくつもの素材から組み合わせて数パターンを製作するらしい。
ライヴシーンも何度もいろいろな角度から撮影され、パターンを変化させてはまた撮影された。
作崎がドラムを叩くヴァージョンもある。
高根沢がキーボードを弾く場面も。
坂羅井が楽しそうにパーカッションを叩いたり振っているシーンも撮られた。
そうして、生き生きとしたALPEEの輝く表情が余す事無くカメラに収められた。
ライヴシーンの撮影は夜半まで掛かって無事に終わり、衣装を脱ぐ前に商品のミニディスクを手に持ち、ポーズを取ったCMのラストシーンと雑誌広告用の写真を撮り終えた。

 

 

そして、やっとありつけた遅い夕食(遅いも遅い、もう夜中の12時を過ぎている)を挟んだ休憩の合間に本物のレコーディングの機材が撮影スタジオに並べられていた。
勿論、ここは本当のレコーディングスタジオではないので、機材は業者から借り出された物だ。
ここで、私服のような衣装に着替えた3人のイメージシーンを撮る。
余りにも時間が遅いので、高根沢は出された冷めた弁当を食べ切る事が出来なかった。
作崎の箸の動きも高根沢と五十歩百歩である。
ラジオの深夜放送に出演しているだけに、夜食を口にする事は多いが、それでもせいぜい高根沢の5割増し程度しか食べていない。
比較対象の高根沢が極端に少ないので、彼が口にした量も大した事はない。
疲れはピークを超えている。
しかし、彼らはそれを口に出さない。
スタッフも同じように疲れている筈だからだ。
おしるし程度に箸を着けただけで、高根沢の食事は終わった。
一番食べたのは坂羅井で、彼は殆ど平らげた。
テレビ番組に出演する事が多いせいか、時間が滅茶苦茶なこう言う世界には割と慣れている。
「高根沢、せめてもう少し食べておいた方がいいよ〜ん!朝まで持たないよ。あっ、これこれ。ぷりんだけでもいいから、食べなよ!ねっ?ほら、作崎も」
坂羅井は弁当にデザートとして付いてしたプリンを食べる事を2人に勧めた。
医者を志していた事のある彼が、栄養学上の事を考えて言っているのは、高根沢も作崎も良く解ったので、素直にそれを食べた。
これは喉を通りやすかった。
こうして、最後のレコーディングスタジオのシーンの撮影が開始された。
レコーディングのシーンは、本当のレコーディングスタジオに撮りに来て貰えば一番簡単だし、自然な姿が撮れたのだが、生憎彼らはツアー中でレコーディングのスケジュールが無かった。
取り敢えず、演技ではなく実際に今回の新曲を新たにレコーディングして貰うな雰囲気で、と言う監督の指示があったので、彼らもやりやすかった。
ヴァージョン違いの物を作るように、3人は実際に機材を使ってレコーディングを行なった。
その姿をカメラが勝手に追って行く。
段々と熱くなって行く3人。
音に対しては真剣だから、撮影を忘れてのめり込んで行く。
終いには監督が「もういいよ」と言い出すまで、やり続けていた。
因みにこの『棚から牡丹餅』的CMヴァージョンは、撮影中に見事に完成してしまった。
シングルの物とはアレンジが大幅に違っていて面白いので、多少の手直しを経て次のアルバムに入るかも知れないとの事だ。
残念ながらCMで流れるのは、予定通りシングルの方である。

 

 

このCMはインパクトのある使われ方をして、大いに話題になった。
ゴールデンタイムの時報の直後に連日放送されたのだ。
それも各局同時に、である。
新発売記念の限定パッケージにもALPEEの写真が封入され、売り上げは同業他社が焦り出す程伸びた。
苦労した甲斐はあったのだ。

 

EPISODE−8  −終わり−