×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

 

蝦夷へ…

 

この小説は『夢見処』で20000hitをGETして下さった磯宮様より、
『土方さんメインのお話を』とリクエストを頂戴して書かせて戴きました。
相変わらず駄作ですが、磯宮さんにプレゼントさせて戴きます。

 

 

土方歳三は、蝦夷へ向かう船に揺られていた。
ひとり与えられた船室で物思いに耽っていると、なぜか昔語りがしたくなっていた。
京にいた頃には、そんな事を思う事は無かった。
余裕が無かったのだろうか?いや、違う。過去を見ようとする事を自分は強く拒んでいたのだ。
ずっと長い事、自分は先だけを見詰めて生きて来た。
いつだって、心に鎧を着ていたような気がする。
それを知っていたのは、沖田総司ただ1人。
彼にだけは、なぜかいつも心を見透かされていたようだ。
総司は解ってくれている………そんな安心感がどこかにあった。
だから、俺は鬼副長に徹している事が出来たのかも知れない。とまで彼は思う事があった。
そんな沖田総司も既に星になってしまった………。
土方は船室の扉を開け、通り掛かった兵士に、最近隊士に取り立てた沢忠助を呼んでくれ、と言い渡した。
忠助は総司と同年配で、京都時代に馬丁として新撰組に入ったのだが、そのすばしっこさから随分と土方の役に立ち、此処まで土方に従って着いて来た。
土方はその彼の働きと忠誠心に打たれ、ついに正式に隊士に任命したのである。
「御用ですか?副長」
忠助は屯所の小者のような物腰で部屋に入って来た。馬丁の頃からの癖がまだ抜け切れていない。
「肩を揉んでくれるか?」
「へい」
忠助は人懐こい笑顔を浮かべて頷くと、船室に作りつけてある椅子に掛けた土方の肩を良い加減で揉み始めた。
京都時代から良くこの男に肩を揉ませていた土方は、もう他の誰にも肩を揉ませなくなった。
いや、1人だけ例外がいたのだが………。
「お前に揉んで貰うと後で揉み返しが来なくて丁度いいな」
忠助は土方のこんなに安心し切った表情を見た事がなかった。
いつでも気が張っていて、隊士にだけでなく、自分自身にも厳しい土方だが、少しずつ柔らかくなって来ているように思えた。
「あっしよりも山崎先生の方が数段お上手だったですがね」
忠助は言ってからしまった!と思った。
諸士取扱役兼監察・山崎丞は、鳥羽伏見の戦いで銃弾を受けて戦死していた。
その時の土方歳三の痛みは、顔には出さないが相当なものだった筈だ。
それを知っていて、うっかりその名を出してしまった忠助は、内心舌打ちをした。
「みんな鬼籍に入ってしまったなぁ………」
土方は穏やかに述懐した。
「俺が逝かせた奴もいる。戦いの中で死んで行った奴も……。何時の間にか近藤も総司も俺の前からいなくなった……」
「副長、余計な事を言っちまいました。許してくだせぇ」
「な〜に、気にするな。昔語りの相手が欲しかったのさ」
忠助は肩揉みの手を休めない。
「島田先生の方が適任じゃないすか?」
「島田の怪力で肩を揉まれた日にゃあ、壊れちまうぜ」
「それは確かに仰る通りで」
「おめぇ、俺の事を怖いと思っていたか?」
「今は思ってませんぜ」
土方は苦笑した。
江戸っ子らしく生きが良く破天荒で何も恐れる物がなさそうだった忠助だが、内心では鬼副長を恐れていたのか。
「でも、ちょっと違うかもしれませんぜ。あっしは沖田先生からいろいろと聞いていやしたから」
「総司か……あいつ、おめぇに何を聞かせやがった?」
「へい、江戸の道場時代の武勇伝を数々……」
「武勇伝だとっ!?………どうせ碌な事ではあるまい」
「良くお解りで」
「そんな話、誰にでも出来るものじゃねぇ。総司の奴、おめぇに聞いて貰ってさぞかし嬉しがっただろうな」
土方の眼は遠くを見詰めている。
その眼は天上にいる沖田総司に話し掛けているかのようだ。
「あいつはいつまで経っても餓鬼のような奴だった……。忠助、おめぇも困らせられたんじゃねぇか?」
「沖田先生は情の厚い方でござんした」
忠助は総司の面影を見て、瞼を閉じた。一瞬肩を揉む手がお留守になった。
気が付かぬ内に涙が零れていた。
「あっしのような、下賎の者にも沖田先生は……」
「あいつは裏表がねぇ奴だったから、誰にでも人懐っこく接していやがったな」
「へい」
忠助は拳で眼をゴシゴシとこすった。
「馬鹿め。泣く奴があるか。総司が笑っていやがるぜ」
土方は忠助につられそうになるのを必死で堪えた。
しんみりした気分を一掃しようと、声音を変えた。
「忠助。肩揉みはもういい。甲板に出ねぇか。星を見ながら一杯やろう。榎本さんから差し入れを貰った」
土方は作り付けの棚に自ら歩いて行き、赤い色の液体が入った瓶を手に取った。
「あっしなんかがご相伴に預かっても良いので?」
「当たりめぇだ。おめぇは新撰組隊士・沢忠助だ。もう馬丁じゃねぇっ!さっさとこのグラスを持って行きやがれっ!」
「へいっ!!」
忠助は直立不動になってグラスを受け取り、船室から駆け出した。
今度は感涙に頬を濡らしていた。
あの泣く子も黙る新撰組鬼副長が、自分と酒を酌み交わそうと言ってくれている。
実は土方歳三、情に厚いのだ。そこの処は総司と決して変わらない。
それを表に出さない頑なな部分が彼にはあっただけなのだ。
その頑なさが少しずつ薄くなりつつある事に忠助だけではなく、京都以来の旧新撰組隊士達は気付き始めていた。

 

 

「どうだ。降るような星空じゃないか」
甲板で手すりに寄り掛かり、忠助と並んでワイングラスを傾けながら、土方歳三は饒舌だった。
「明日、蝦夷に上陸するそうだ。新天地が待っていると榎本さんは言うが、俺は戦い以外に興味は無くてな。おめぇ、此処まで俺と一緒に来てしまった事を後悔しちゃあいねぇのか?」
「あっ、当たりめぇじゃありやせんか?でなけりゃ、何でこんな所まで来るもんですか」
土方は忠助の答えに満足する。
「いろいろと転戦して来たが、その中で多くの隊士を失った。脱退した者、死んで行った者………そして、新撰組はちっぽけになった」
「でも無くなっちゃいねぇじゃありませんか?例え、新撰組の名前が使われなくなったって、あっし達は『誠』の旗を心の中にたなびかせて副長と一緒に行きますぜ」
「フン、おめえ、気の利いた事を言うじゃねぇか?」
「すんません、副長の思いを代弁しちまいました」
「生意気言いやがるぜ」
土方が忠助を軽く小突いた。
「沖田先生が言っておられやした。土方さんはどこまでも誠を貫いて生きて行きますよ。周りに誰もいなくなってもね。って……」
「あいつは昔から俺の事を見透かしていやがった。あんな餓鬼が、と思っていたもんだが」
「沖田先生は確かに無邪気な処もありやしたが、あれで洞察力や勘は人一倍優れておいででしたぜ。心が澄んでいたから、あっし達には見えねぇもんが見えたのかも知れやせん」
「そうだな。早死にする奴にはそう言った処があると聞いた事がある」
土方はそう言って、空を振り仰いだ。
「まるであいつが空から見下ろしているようじゃねえか。あの沢山の星の中にあいつもひっそりと佇んでいる筈 だ。近藤も山南も、井上さんも藤堂も山崎も……数え切れない程の隊士達が」
「あっし達はいい加減な事は出来ませんね」
「当たりめぇだ!信念を貫き通すのみさ」
「それにしても副長、この酒は回りが早くねぇですかい?急に…眼が…回って、来ましたぜ……」
忠助は言うが早いかついに酔い潰れてしまった。
甲板の上で大の字になり、鼾を掻き始める。
仕方があるまい。この荒波に揺れる船体の上で、強い洋酒を初めて飲んで潰れない方がおかしいだろう。
「フン、だらしが無いな」
高いびきの忠助を鼻で笑いながら、土方は降るような星空を眺め続けた。
ふと、流れ星………
土方は何も願い事をしなかった。
彼は既に覚悟を決めていたからである。
そして、その貫き通すべき信念に絶対の自信を持っていたのだ。
地平線に目線を落とした。
船の進行方向に眼を凝らす。
チラチラと点る灯りが点在していた。ついに暗闇の中、蝦夷地が肉眼で確認出来る所までやって来たのだ。
「ついに見えて来ましたな……」
榎本が後ろに立っていた。
気配は感じていたが、彼だと解っていたので警戒しなかった。
「土方さんも興奮して眠れないと見える」
「それはどうかな?私は戦いの中にしか身を置いておけない人間だからな」
土方は手にしたワイングラスを傾けた。
榎本が現われなければ、土方は忠助を叩き起こしてこの風景を見せてやりたかった。
そんな人間臭さを榎本には決して見せない。見せたくない。
彼には何か自分と違う物を感じていた。
相容れない何かを。
今は同じ目的で行動を共にしているが、最終的な目的は大いに違う。
自分流にやるさ。
土方は、心で呟いた。
「おい、忠助!けえるぞっ!!」
土方は忠助を叩き起こすと、彼を引きずるようにして、船室へと戻った。

 

 

残された榎本が妙な物を見るような眼で2人を見送っていた。

 

 

降るような星空が全てを見守っていた。
蝦夷地の光の瞬きが段々と近付いて来ていた………

 

 

− 終わり −