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いのち 〜死に急ぐは愚かなり〜

 

※ この小説は、出来る事なら長編の『DETECTIVE STORY』
  の内容を踏まえてからお読み戴けると嬉しいです。(minako)

 

 

風見祐介は病身を押して、捜査に参加していた。
渋谷の繁華街からちょっと外れた場所を、同僚の早瀬務と組んで、犯人を捜索している。
原優、戸田一郎とは先程別れた。
この近辺に犯人が潜伏しているらしいと言う、割と確かな筋からの情報で、彼らは動いていた。
イヤホーンを片耳に、仲間達とはすぐに連絡が取れる状態になっていて、彼らの他に制服警官が通常のパトロールを装って、目立たぬように行動している。
つまり緊急配備の状況だ。
祐介の病状は決して良いものではない。
片側を残したその肺がボロボロに冒され、呼吸さえも苦しくなる事が増えている。
現場に出ている事自体が奇跡的な事であり、もう既に走る事は出来なくなっていた。
だが、彼の情熱がその動かない身体を動かす原動力となっている。
実際、現場に対する執念は恐ろしいものがあり、病院にじっとはしていられないと言う、彼の強い意志に周囲が押される結果となっている。
彼が現場にいるのといないのとでは、仲間の刑事達の士気も働きも違って来る。
それだけ、彼への依存度が高いと言う事だ。
彼は刑事として、抜群の頭の切れを発揮して来た。
惜しい才能が失われて行く。それはもう時間の問題だった。
祐介と早瀬は犯人の男を捜しながら、踏切の近くに出た。
踏切の前に佇む1人の女性が、祐介の気に掛かった。
何か心にカリっと引っ掛かる物があった。
さり気なく近付き、彼女の去就に注目していると、電車が迫って来たその時、その女性が素早い動きで、降りている踏切を潜ろうとした。
誰もが『あっ!』と思った。
その時、誰よりも早く行動を起こしたのが、祐介だった。
もしや、とある程度予測が出来ていたのもあるが、彼の鋭い勘が考えるよりも先にその身体を本能的に動かしていた。
女性の身体を全力で引き戻し、後方に飛び退った。祐介は全身で彼女の体重を受けて、背中からアスファルトに落ちた。
間一髪、電車が猛スピードで通り過ぎて行く。
「先輩っ?!」
早瀬が心配して駆け寄る。
祐介は辛うじて自力で起き上がり、答える。
「大丈夫だ……」
「でも、今、胸を……」
早瀬の言う通り、女性を受け止めた時に、胸を強打していた。
「どうして邪魔をするの?!なぜ死なせてくれないの?」
助けられた女性が狂ったように抗議して来た。
祐介に掴みかからんばかりだ。
呆れた早瀬が彼女を引き離そうとした時、祐介がさり気なく口腔内に溢れた血をハンカチで拭き取ってから、穏やかに止めた。
案の定、肺から出血していたのだ。
祐介は喘ぎを隠そうと、ゆっくりと息を吸い込んだ。
そんな彼の様子を横目で見ながら、早瀬がハラハラしている。
「どんな生命も重さは同じだ……無駄な生命なんて、1つも無い。例え………自らの手でそれを絶つのであっても………決して許される事ではないっ!!」
絞り出すような声だった。
「私にはもう生きている価値なんて無いのよっ!」
女性は髪を振り乱して、喚いた。
「生きているだけで価値はある………俺が許さない。死ぬなんて事は………そんな愚かな事は……」
祐介は、フラッと立ち上がった。
呼吸が苦しそうだ。顔色は無いに等しい。今にも倒れそうに見えた。
その時、彼の眼がスッと細くなる。
野次馬の中に、目的の犯人を発見したのだ。
気配を察して踵を返した男を見て、祐介は早瀬に振り返った。
「早瀬っ!今井だっ!追えっ!!」
「でも…先輩………」
早瀬は祐介の体調を案じた。
「馬鹿!いいから早く行けっ!!」
「はいっ!!」
早瀬が男を追って行く。
祐介は発信機に向かって叫んだ。
「風見だ。今井を発見した!……産業通りの3号踏切付近を西に向かって逃走している。早瀬が追っているが、至急合流してくれっ!!」
『了解!任せとけっ!くれぐれもお前は動くなよ!』
同期の原の声が帰って来た。
祐介はホッと溜息を衝く。
「あんた、刑事なのね。道理で余計な正義感をちらつかせると思ったわ……」
祐介は女性の左手首を掴んだ。その手首には、一筋の切り傷がある。
「そんなに死にたいのか?」
「離してよっ!」
手首を外そうとしてもがく。とにかく一瞬でも早くこの場を離れたいようだ。
祐介はその手首を離さずに呟いた。
「此処に後何日も生きられない人間がいると言うのに………世の中は不条理な物だな………死にたい人間を…生きたい人間が、助けるなんて、な………」
「えっ?!」
女性が初めて、祐介の顔を見た。
祐介はやっとその手を離してやった。
「生きてろよ……何があったかは知らないが、いつか…絶対に、生きていて良かったと……思う日が来るから………あの時、あんなつまらない事、で死ななくて…良かったと…絶対に……思えるから…………」
肩で息をしながら言い終えると、急に祐介の身体がグラリと揺れた。
地面に崩折れた彼の唇から、アスファルトに血が流れ落ちてゆっくりと拡がった。
犯人を確保して戻って来た3人の仲間の刑事達の中から、早瀬が慌てて駆け出して来た。
「先輩っ!」
下げていたバッグから携帯用酸素ボンベを取り出して、祐介を抱き起こし、彼の口元にそれを当てる。
「だから、離れたくなかったんだ……」
悔しそうに呟いて、鋭い眼で呆然と立ち尽くす女性を睨んだ。
「風見先輩の言葉の重みが少しは解ったか?解ったら、それを肝に銘じてさっさと此処から立ち去ってくれ。2度と自殺をしようなんて考えないで、前を向いて生きろよ。いいな?」
後半の言葉は少しだけ優しくなった。
祐介が意識を取り戻したからだ。
女性は祐介に向かって黙って頭を下げ、踵を返した。
「先輩。もう大丈夫ですよ。あの女(ひと)はきっと、もう2度と死のうなんて思いません……」
「そう…だな……。そう思いたいな………。処でホシはどうした?」
「勿論、身柄は確保しました。僕らも捨てたもんじゃないでしょう?」
「そう、か……俺がいなくなっても………大丈夫、だな…?」
祐介は仰臥したままでそう呟くと、犯人を連れて心配そうに近付いて来た原と戸田に向かって、少しだけ寂しげに微笑した。

               

 

− 終わり −