『A Bientot 〜 喪われし我が愛と情熱』

 

このストーリーは前作『生きるということ、死ぬということ。』の続編ではありますが、実は間に以前のHP時代に「絵描き」さんが続きの文章を書いて下さり、それに私がまた続きを書いた、と言う経緯がありました。
その「間の話」に所謂『BL系』と呼ばれる内容が含まれていた為、このような内容になりました。
事情をお含み置きの上、お読みになる、ならないはご自身でご判断戴ければ幸いに存じます。m(_ _)m



ジョンは失われた者の大きさを噛み締めて、寒風の中をひとり歩いた。
この手の中で重みを失ったクロードの身体。
その感触が忘れられない。
刹那的に交わした愛だったが、あれは決して衝動ではなく、そうなるべくしてなった事だ。
彼には確信が持てた。
クロードよ、お前は薄幸な人生を送ったが、最期の瞬間だけは幸せだと感じてくれたよな。
あの時、確かにお前は俺だけを見ていた。
その透き通るような崇高な微笑みに、俺は吸い込まれた。
お前を失ったと気付くまでに時間が掛かったよ。
眠るが如きだったから……。
俺だけじゃ駄目か?
そう聞いた時、お前が見開いたその瞳。
キラキラと美しかった。
その視力が失われる前に、俺はお前と解り合えた気がする。
この喪失感……俺はもう救われる事は無い。
全ての人間的な感情が俺の心から流れ出てしまったようだ。
お前の父親の前でどうしてあれだけ冷静でいられたのだろうか。
クロード、お前が俺を守ってくれていたのだな。
もう、街の灯が滲んで見える。
人混みの中に、暗闇の中に紛れていながら、俺は何も見ていない。
あの時、お前を包んだコートだけが、お前の匂いを感じさせてくれている。
確かに息づいていた筈のお前を。

 

場末の酒場で浴びるように酒を飲んだ。
酔い潰れてしまいたい時には得てしてそうは行かないものだ。
酔えなかった……。
お前の全てが頭の中に甦る。
ボディーガードとして、家庭教師として、一番多く接していた俺だ。
お前の一挙手一投足、小さな癖まで覚えている。
生きる為には忘れなければならないのだろうか?
出来る訳がないだろう。
お前の深い哀しみを知りつつも、どうにもならなかった。
俺自身の心でお前を暖かく包んでやる事しか……。
最期の瞬間にお前を看取ったのが俺だけだった事、俺は嬉しかった。
お前は俺だけの物だ。
俺だけに愛されて死んで行った……。
父親の事情なんて、クロードには関係の無い事だ。
親からの愛に飢えていたクロードは子供のように俺にしがみ付いた。
あの時、ミシェルがどれだけ憎かったか、解るか? クロード……。
お前を離したくなかった。
愛しいクロード、お前が焼かれて行くのが耐えられなかった。
俺の心もあの時一緒に灼熱の中で焼かれてしまったに違いない。
涙ひとつ出なかった。
お前が俺の腕の中で逝ったせいだ。
こんなにも焦がれていたのに……。
お前はあっさりと逝ってしまった。
その温もり、その唇……もう喪われしその愛。
失う事が解っていても、覚悟をしていても、その瞬間を迎えた俺は、
身体中の血液が蒸発でもしてしまったかのように、凍り付いてしまった。
心も身体も。
我に返るまで、俺は冷たくなって行くクロードをただ抱き締めていた。

 

正直、お前の死がこれほどまで俺に打撃を与えるとは思っていなかった。
最後に愛を交わしたから?心が通ったから?
いつだって他人の前では冷徹を装って来た俺だが、クロードは俺の心の鎧をあっさりと取り外してくれた。
あれほど無垢な魂はあっただろうか。
純粋培養されたような心の持ち主。
もっと世間を見せてやりたかった。
雪の冷たさすら体験した事が無かったなんて。
お前が今度生まれ変わって来たなら、良い事も悪い事も、いろいろ教えてやろう。
その時に俺が生きているなら。
人の愛と温もり……一番初めにそれを教えよう。
お前の父親にそうしたように、俺の体温でお前の心をすっぽり包もう。
ミシェルの心を温かくしようと思ってやった事では無かったが、お前の心は俺が温めよう。
身も心も。
お前なら生まれ変わって再会してもすぐに解る筈さ。
病院を抜け出したお前を見つけたように、またすぐに探し出してやる。
お前が本当に欲しかったものを俺なら……。
自惚れだと笑うかい?クロード。
お前との狂おしい一時を過ごした俺だけに出来ること。
本気でそう思っている。

 

クロードを失って俺はこれからどこへ行く…?
お前を追って行こうと思えばいつだって逝けるさ。
別に生命なんて惜しいとは思わない。
あれほど脆くも俺の手の中で崩れ落ちたクロードの生命。
俺にはお前の生命は地球より重かったのに……。
クロードよ、俺に来て欲しいか?
今は自分自身を失っている俺だ。
どれだけお前を追って行きたい衝動に駆られたか……。
だが短慮は起こさない。お前の為にも。
お前の声がちゃんと聴こえるまで冷静になれたら、それから改めてどこに行くかを決めるとするか。
今夜は暗い部屋に1人で帰って、お前の温もりと生きていた証のシーツの皺が残るあのベッドに横たわろう。
まだ、俺の傍にいるんだろう……クロード?
今夜だけでいい。俺をその温もりで包んでくれ。
明日になれば、きっと元の俺に戻って見せるさ。

 

− 終わり −