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煌きの瞬間

 

この作品は磯宮様のHP『夢★始末記』20万hit達成&3周年記念のお祝いとして磯宮様に捧げます

 

 

あいつを初めて見た時、何故だか抱きしめてやりたい衝動に駆られたものだ。
まだ9つだったかな?
可愛い奴だった。眼がこう……大きくてな。
俺と歳にとっては、弟みたいな物が出来た感じがしたな。
可哀想に道場へは口減らしに来たのだ。
小さな手にあかぎれを作りながら、当時の道場主で俺の養父である近藤周斎の嫁にこき使われていたっけ。
総司が初めてやって来た日、俺はあいつと眼を合わせた瞬間に何か特別な感じがしたのだ。
俺よりも十も若い子供だってえのに、いじらしくてな。
ちゃんと自分が口減らしの為に家を出されたのだと言う事を子供心に理解していた。
そして、食べさせて貰えるだけでも幸せなのだと、自分に言い聞かせ、次から次へと言い付けられる仕事を黙々とこなしている。
ある日、数日間の出稽古から戻った俺は、そんなあいつを暫くじっと見詰めていた。
あいつは歴とした武士の子。
こんな状況が当たり前なのだと思わせては行けないような、そんな気が俺にはしていた。
本来は剣術を教わる為に此処に来た筈だろう、総司?
早朝から1日中働かされて、疲れ果てて床に就く毎日だが、お前が時々雑巾掛けをしながら道場を覗いている事は知っているぞ。
いいさ、その内、俺がお前に竹刀を持たせてやる。
そう俺は決意した。
だが、あいつは養父の弟子だ。俺の勝手には出来ないまま、日が経って行った。
総司は同年代の子供達に比べると身体が小さかった。
碌な物を食べてはいなかったようだ。
しかし、その割にはすばしっこく、身体の動きに無駄が無い事に俺は気が付いていた。
歳もあいつを見て、同じ事を言っていたっけな。
こいつには天賦の才があるのではないか……そんな風に歳とふたり、話し合ったものだ。
そして、道場に来てから家事仕事で身体が鍛えられて来たらしく、病気もしなくなった総司にようやく養父が竹刀を持たせた。
俺はその日、歳を呼び寄せた。
この日を楽しみにしていたのだ。初めて総司が竹刀を持つ日を。
あいつの力量は如何ほどな物か。俺達の眼が正しいか否か。
その答えが出る日だった。
井上源三郎が総司に一通りの拵えを整えてやる。子供用の防具一式が用意してあった。
なかなか凛々しい小さな剣士が出来上がった。
総司は少し窮屈そうにしていやがったが、満更では無い様子だったな。
養父が俺に竹刀の持ち方と素振りの仕方を指導するようにと言った。
こいつはやはり天才だ。確信を持ってそう思ったのはその時だったよ。
あいつは掃除をしながら、我々の撃ち合いを見ていた。
ただ、それだけなのに……竹刀の持ち方を会得していたのだ。
これには、師匠である養父は勿論、周囲の者をあっと言わせた。
試しに撃たせた撃ちが9歳の子供にしては、思いの外、強くて驚いたのを覚えている。一瞬少しだけだが手に痺れが来た。
総司にとっては、あの日からが本当の意味での試衛館道場での日々だったと言えるだろうな。

 

 

1年が過ぎた。総司は10歳。少し上背が伸びて来た。本格的に基本から仕込まれた総司は、乾いた土が雨水を吸収するかのような速さで、天然理心流を自分の物にし始めていた。
僅か10歳にして、5つも6つも年上の若い兄弟子達から2本に1本は取っている。
早朝、誰よりも早く起きて素振りをこなし、相変わらず道場で剣術を習っている以外の時間は下働きを続けている。
こまめに良く働き、文句の1つも言わなかったから、総司は誰からも好かれ、可愛がられた。
それが養父の嫁には気に食わなかったようで、余計に仕事を押し付けられる結果にもなったが、総司は人一倍働いた。
それも修行の内だと思っていたのだ。
小さい癖に並みの大人よりも考えがしっかりしていた。
見ていて痛ましい位だったな。
しかし、我々の思いをよそに総司はすくすくと成長して行った。
毎晩、どんなに疲れて眠りに就こうと、決まった時間に布団から抜け出した。
あいつを見ているとじっとしていられなくなってな。
ある日から、俺も総司の素振りに付き合うようになったのだ。
早起きは三文の得、と言うが確かにその通りだった。
それに気が付いたのは総司のお陰かもしれん。
この日課は、その後、何年か経ってどちらかが出稽古で道場を空けている日でも、お互いにやり続けた。
試衛館一門が京に上るまで、ずっとな。
総司とは朝の一番うまい空気を一緒に吸って、清々しい気持ちを共有して来たんだ。
総司は本当に真っ直ぐに伸びた。
剣術も、そして人間的にも。
この時の朝の空気のように。

 

 

そうして、総司が道場に来てから3年が過ぎた。12歳は相変わらず子供だが、子供らしい部分を残しつつ少しだけ大人びた総司が、ついに剣術だけに専念出来る日が来た。
総司に辛く当たっていた、養父の嫁がついに総司を許したのだ。
いや、総司には何も罪はねえ。
勝手に誤解していたのだ。総司が養父の子じゃないかとね。
まあ、あの人は妾が9人もいたのだから、誤解されても仕方があるまいが、そのとばっちりを受けていた総司は可哀想だったな。
その誤解が解けて、漸く家事仕事から解放された総司だが、その後も気軽に家事を手伝っていたっけ。
誰よりも勤勉な奴だから、井上の源さんもそうだが、決してそう言った仕事を嫌いでは無かったようだ。
仮にも武士の子が……などと言う奢りも見せず、あいつは良く働いた。
何の屈託も無く、良く働いて、良く剣術をして、総司は一回りも二回りも成長した。
あと数年もしない内に総司はきっと天然理心流の免許皆伝を得るに違いない。
兄弟子であり、近々この道場を継ぐ事が決まっていたこの俺にも、あいつの存在が頼もしくなって来た。
弟のいない俺や歳は、総司の奴が元服したら、義兄弟の杯を交わすつもりになっていた。
気の早い事だが、俺達にとっては総司はもう、そう言う存在になり始めていた。
最初に逢った時に感じた特別な感じは、俺だけではなくて、歳も感じていたと言う。

 

 

*     *     *     *     *

 

 

総司よ……。あの頃は楽しかったな。
そうだ。多摩の時代だよ。
今思えば、新撰組での数年間よりも、あの頃の方が煌いた瞬間だったような気がしないか………
貧乏道場だったが、皆で同じ釜の飯を食い、竹刀を交え、大いに語り合い……我々には限りない時間があった。
お前は病いに倒れ、俺はこれから断首の席に付く。
歳は未だ闘っている筈だ。
三兄弟は皆、バラバラになってしまったな。
信じる道を歩いて来た筈なのに、どこで道が勝手に逸れてしまったのだろう。
お前を京に連れて来て果たして良かったのだろうか?
お前から煌きを奪ってしまったような気がしているのだ。
意に添わぬ事もあっただろうに。
お前は何も言わずに、俺や歳の命に従って来てくれたな。
ありがとうよ。せめて総司には少しでも長生きして欲しい。
俺の生命はこれから絶たれるが、この後生きる筈だったこの残った生命をお前にやろう。
楽しかったぜ。一足先にあの世で待ってる。
さらばだ、試衛館、そして、さらば新撰組……我々のきらめきの日々よ。

 

 

− 終わり −