霧雨の降る夜

 

※この作品はnachiさんのサイト『たどりついたらいつも雨降り!』
 5000hit記念にプレゼントさせて戴きました

 

 

霧雨が白くたなびく夜。
春だと言うのに肌寒く、何か不気味な妖気が漂っている。
静かだ。奇妙な程静まり返る闇。
こんな夜は何かきな臭い。斎藤は巡察隊を引き連れながら、神経を尖らせていた。
今日の出動は彼の三番隊と沖田の一番隊だ。
沖田隊は今頃、祇園方面を巡察している筈だった。
祇園と言えば、この霧雨の中、近藤局長と土方副長が諸藩との折衝の為に出向いている。
新撰組が大きくなって来たこの頃では、百姓上がりの彼らにも一目置かれていて、2人がそのような場に出る事は多くなっていた。
こうなると2人はブラッと気軽に出掛けると言う訳には行かず、籠を使う事が多かった。
当然、大袈裟になる。新撰組局長、副長、ここに有り、とまるで宣伝して歩いているような恰好だ。
いつ暴漢に襲われても不思議ではない。
沖田隊は、折衝が終わる頃の時間を見計らって、祇園方面を特に重点的に見回る事になっていた。
そろそろだな…斎藤は内心で呟いた。
(沖田さんが着いていればまあ心配はあるまいが……)
霧雨が益々視界を悪くしていた。
三番隊の巡察は斬り合いも無く、無事に終わりそうだ。
視界が悪くても歩き慣れた道だ。屯所まであと僅かで到着する事は解る。
屯所内に入ると、斎藤は三番隊全員にそのまま武装を解かずに待機をするように命じた。
何だか嫌な予感が消えずに残っている。
近藤、土方も、一番隊もまだ戻ってはいないのだ。
斎藤は自ら祇園会所へと走った。
その途中、会所から壬生へ向かう小者と出逢った。
霧濃い中、夜目が利く斎藤には祇園会所の提灯がうっすらと確認出来た。
「壬生の斎藤だ。何かあったのか?」
相手が警戒する前に名乗った。
「斎藤センセっ!近藤センセ達が大勢の賊に襲われ、一番隊が戦闘中どす。今、壬生へお知らせに上がる所で…」
「解った。私がすぐに行く。屯所で三番隊が待機しているので、追って来るように伝えてくれ」
斎藤は言い置くと、全速力で走り出した。

 

一番隊は祇園を巡察中に近藤・土方の籠が襲われているのに出くわした。
籠かき達は恐れをなして、籠を放り出して逃げ出してしまったようだ。近藤と土方が孤軍奮闘していた。
2人とも腕では賊達よりも遥かに上を行っていたが、何せ次から次へと賊が湧いて出る。
監察の山崎でもいれば、襲撃の情報も事前に入っていただろうが、生憎山崎は大阪に出張していた。
「刀に油が巻いて来やがったぜ」
土方が背中合わせの近藤に言った。
しかし、決して焦っている様子はない。さすがに泣く子も黙る新撰組鬼副長だ。
「余裕だな、トシ」
近藤は豪快に笑った。
「フン。そこに一番隊が来ているからな」
土方は1人を斬り伏せながら答えた。斬り伏せたつもりだが、刀に油が巻いているので、相手は打撲傷だけで済んでいる。
「近藤先生!土方さんっ!」
沖田が1人を斬り落とし、叫んだ。
「おうっ!またいい所を横取りしやがってっ!!」
土方が笑った。
「強がりやがるぜ」
近藤がニヤリとしながら、刀を懐紙で拭いた。
これから後は一番隊に任せようと言う事だろう。
沖田の指揮の下、一番隊は実に生き生きと闘っている。
その中でも隊長の沖田の獅子奮迅の闘い振りは、近藤や土方が見ても、見とれてしまう程だ。
「隊長がこれだけの働きをすれば、自分達も…と思うだろうな。一番隊は」
近藤が満足そうに呟いた。
「総司の奴、道場で3本に1本は取らせてやっているからな」
土方は腕を組んで、嬉しそうにニヤリとした。
賊は30人以上はいるだろう。近藤と土方で8人は斬っている。
一番隊が駆け付けて、残りの半数以上が倒れた時、斎藤が到着した。
「斎藤さん、応援ありがとうございます」
沖田が余裕有り気に声を掛ける。
「フン、三番隊が出張るまでもなかったようだな。でも、折角来たのだ」
言い様に斎藤は見事な手際で1人を斬り伏せた。
返り血を浴びる事もなく、舞うように斎藤が動く毎に敵が倒れて行く。
「さすが新撰組随一の遣い手が2人も揃うと見ものだな」
斎藤は到着した三番隊に賊を捕縛するように命じ、刀を収めた。
もう賊に闘志は失せている。
「近藤先生、やはり護衛を着けて戴かないと……」
沖田が真剣な顔で訴えた。
「お2人が腕自慢なのは解りますが、こう人海戦術で来られてはどうにもならないでしょう?」
「そうだな。総司にそうまで言われてはそうする他ないか…」
近藤が苦笑した。
「隊士達は巡察で多忙だ。こんな事に人数を裂けるか!」
土方は案の定、沖田の物言いを突っぱねる。
「せめて隊長クラスを2人程着けて貰いましょう。局長、副長共々倒れられては却って隊士達が動揺する」
斎藤がポーカーフェイスでボソっと呟いた。
この男の言い方には、却って効果がある。
それ以来、近藤、土方の外出には腕利きの護衛が着く様になり、沖田や斎藤の不安が1つ消える事になった。

 

 

霧雨のそぼ降る夜は、危険な妖しさが漂う……
改めて不気味な妖気を肌で感じながら、斎藤は仲間達と屯所への帰途に着く。
その場の雰囲気にそぐわない明るさで、新撰組は歩みを進めていた。

 

 

− 終わり −