組曲:夜明けまで

 

 

ALPEEの高根沢紀彦が、BIGEGGで行なわれる年越しオールナイト・コンサートの為に、その『組曲:夜明けまで』のアレンジを終えたのは、イベントの2週間前の事だった。
『Sunset』、『Blue Moon』、『True Heart』、『Sunrise』の4部からなる29分12秒にも及ぶ大作である。
彼はこの曲を、バイオリン、チェロ、ピアノの弦楽三重奏のシンプルなアレンジをバックに、観客に聴かせたいと思った。
シンセサイザーでそのアレンジの全体像を作り、コーラスパートを1人で多重録音した物を加えたミニディスクと、ストリングス・アレンジの譜面を持って、高根沢はリハーサル・スタジオに入った。
メンバーの坂羅井正流と作崎鴻助は勿論、居合わせたツアー・スタッフにも聴かせる。
「当日はこれを生音でやりたいんだ。どう思う?………時間が長過ぎると言う懸念はあるんだ。でもカットはしたくない」
高根沢は、周囲の意見を聞く耳を持っている。
決して1人で突っ走ってしまう事はない。常にスタッフの存在を大切にしていた。
「高根沢、これをこんさーとのえんでぃんぐでやったら、凄くいいとおもうよ♪さすが、くらしっく一家の次男坊だよ〜ん♪改めて驚いた。こんな譜面をさらさらと書いてしまうなんてね」
坂羅井が手放しで喜ぶ。
「サラサラと書けた訳じゃないぜ。今までで一番時間が掛かっているんじゃないかな?」
「そりゃあ、そうでいっ!普通の4曲分はあるんだぜぃっ!………でも、高根沢、これをラストに持って来ると重いんじゃねえかな?本編ラストにして、アンコールにはやっぱり眼の覚めるようなポップな曲を持って来た方がいいような気がするんでい」
作崎が腕を組んだ。
「そうだな。ただ………俺が1つ心配なのは、その時間にトリオのメンバーが来てくれるのか、って事だな」
コンサートの閉幕は夜明けを迎えてからになる。
しかし、準備の事を考えれば、数時間前には会場に来ていて貰わなければならない。
「高根沢さん、そこまで心配なさる必要はないですよ。それは我々の仕事ですから。高根沢さんはやりたいようにやって下さい。ALPEEがやりたい事を最大限に実現させる事が、我々スタッフの仕事であり、1つの生き甲斐なんです」
舞台監督が笑った。いい笑顔だ。
「そうか。ありがとう。それじゃあ、本編ラストでの演奏と言う事で決定だな」
信頼に満ちた眼で高根沢が舞台監督を見た。
「高根沢、いいこんさーとになりそうだね♪」
「でも、坂羅井、コピーが大変でい。シンプルながらテクニック満載だぜ、この曲。でも、おいらもワクワクして来たぜぃっ!難しい物に挑戦するってのは、悪くねぇな」
坂羅井はリーダーである立場を忘れてうっとりとし、作崎は今にも飛び上がらんばかりの張り切り様である。
「よし、棚の上、心当たりの楽団をいくつかリストアップするから、監督や社長と相談して出演交渉をしてくれ。年 末の『第九』で忙しいから、今から頼むのは困難かも知れないけれど、宜しく。話が決まったら譜面のコピーを渡してくれていい。勿論、最終的な決定は、あくまでも音を聴いてからになる」
高根沢はすぐに自分の手帳から、楽団の電話番号などの資料を書き出して、マネージャーの棚の上に手渡した。
「御苦労だけど、当たってみてくれ。全て任せるから」
「宜しくね♪」
「頼んだぜぃっ!」
棚の上は3人に最上級の笑顔を見せて、早速スタジオの隅で舞台監督と打ち合わせを始めた。
その彼をそっと追い掛けた者がいる。
………坂羅井であった。

 

 

1週間後、そこだけ残っていた『組曲:夜明けまで』のリハーサルが行なわれる事になった。
高根沢は、他のアーティストのレコーディング帰りで一睡もしていないまま、予定より2時間も早くスタジオに現われ、スタッフを驚かせた。
自分の作ったデモテープを流し、譜面を手に、チェックの鬼と化している。
デモテープを作った時点で、既にこれ以上無いと言う位、曲を手直しした。
しかし、あれから1週間が過ぎている。
完全主義の高根沢は、時を経て、再び客観的に曲の見直しを始めたのだ。
もしかすると、曲自体を没にしかねない高根沢である。
リハーサル開始の30分前に現われた作崎は、そのワーカホリック振りに、改めて呆れ返り、悲鳴のような声を上げてしまった。
「おめー、のめり込むのもいいけど、身を削ってまでやるのは止せって、おいらいつも言ってんだろ?!無理すんなよ。鏡、見てみな。すっげー、やつれてるぜい」
一々ご尤もな高根沢は、それに対しては返答する事が出来ない。
部分的に歌詞を変えた程度でその作業を終えた処へ、坂羅井が到着した。
「やっほ〜♪すとりんぐすのめんばーを棚の上と一緒に迎えに行って来たよ〜ん♪今、社長と挨拶してるから、もうすぐ来るよ〜ん♪」
「何で、坂羅井まで一緒に迎えに行くんでいっ?知り合いかなんか?」
「社長まで来ているのか?」
作崎と高根沢が不審がる。
「高根沢、どうしたの?そんな顔をしてたら、心配するよ〜ん!顔色真っ青じゃない。また寝てないんでしょ?駄目だよ〜ん」
坂羅井が心配して高根沢の顔を覗き込む。
「どうって事ないよ、いつもの事だって。顔色が悪いのは、元々だよ」
「そうだけど、今日は何かいつも以上に痛々しいよ〜。まずいなぁ」
「坂羅井、お前一体何を企んでいる?」
勘の良い高根沢が首を傾げた。
「確かにさっきから言動がおかしいぜぃ。坂羅井、白状しな!楽になるぜ」
作崎も坂羅井に迫る。
「もう少しで解るよ〜ん♪」
坂羅井の言葉が終わるのを待たずに、棚の上とWMP社長の野槙瞬介が、ストリングスの3人を連れてスタジオに入って来た。
高根沢と作崎は3人の顔を見て大仰に驚いた。
作崎はすぐに立ち直って御無沙汰の挨拶を始めたが、高根沢の方は絶句したままである。
3人を驚かせたトリオのメンバーを紹介しよう。
      バイオリン:高根沢 邦彦(71歳)
      チェロ:高根沢 慶彦(40歳)
      ピアノ:高根沢琴絵(63歳)
女優の高根沢絵理(31歳)を除いて、一家が勢揃いしてしまった。
「坂羅井、謀ったな?」
「高根沢、忙しがってて滅多に顔を見せに帰ってないでしょ?だから棚の上に、すとりんぐすを頼むなら、高根沢の御両親とお兄さんにして、って言ったの♪とにかく、りはーさるの前に積もる話でもしなよ♪」
高根沢は困惑した顔をして、腕を組んでいる。
「高根沢、困る事は無いだろーが?音については何にも心配いらないんだぜいっ。それに、親父さんはお前と同じステージに立つのが夢だったんでい。お前が違う道に進んだから諦めていたみたいだけど、前に1度、高根沢がいない時においらと坂羅井にそんな話をしてくれた事があったんでい。坂羅井はそんな事を覚えていて、今回の事を思い付いたんでぃ」
「坂羅井の気持ちは解っている。個人的には嬉しいし、有難いと思う。勿論、プロとして彼らの音は信頼している。ただ……いいのだろうか?同じステージに立っても……」
「別に分野違いでも構わないんじゃねえの?悩む事はねぇとおいらは思うぜい」
作崎は静かに諭すように高根沢に囁いた。
坂羅井は、高根沢の説得を作崎に任せたようで、高根沢の両親らと談笑している。
「音楽に国境が無いのと同じように、分野もへったくれもねえって。高根沢だって、本当はそう思ってるんだろ?でぇ丈夫でい。きっと素敵なコンサートになるぜぃ」

 

 

*     *     *     *     *

 

 

そして……コンサートは無事に幕を開け、6時間後に新年を迎えた。
やがてついに朝がやって来る………
いつもの通りサービス精神旺盛のALPEEによって思い切り煌く時間を過ごした後で、BIGEGGのステージには、温厚そうな老夫婦と、渋い四十絡みの男が現われた。
ピアノの前に座った柔和な顔の老婦人は、若かりし頃はさぞや美しかったであろうと思われる顔立ちをしていて、何処か面影が高根沢に似ていた。
渋めの四十男は父親似なので、すぐに老夫婦の息子だと解る。
オーディエンスは早くも事態を理解し、大いに盛り上がった。
3人共大晦日は早めに寝んで、睡眠はしっかりと取って来たので、早朝とは言え、元気である。
既に11時間半もコンサートを続けているALPEEのメンバーも、彼らに誘発されて疲れを吹き飛ばした。
オーディエンスは、最後にピアノの譜面の係として高根沢絵理が登場した処で、完璧に切れた。
ALPEEの3人は高根沢と作崎がアコースティック・ギターを持ち、坂羅井は手ぶらになった。
生音を大切にする為に、普段ステージで使っているピックアップが内蔵されたセミ・アコースティックギターではなく、生ギターの音をマイクで拾う形を取っていた。
これは作曲者である高根沢の希望だった。
「次の曲はついに最後の曲になりました。高根沢が苦労に苦労を重ねて作った組曲だよ〜ん♪すとりんぐすのしんぷるなあれんじでお送りするよ〜ん♪………そして、もうみんな解ってると思うけど、これから素敵な音を聴かせてくれる高根沢ふぁみりーを紹介するよ〜♪」
 ※ 坂羅井はひらがなで喋るので、読みにくくてすみません…
坂羅井がオーディエンスに拍手を促した。ワーッと歓声が渦巻く。
坂羅井は得意の話術で、3人+1の担当楽器と名前を紹介した。
「高根沢が今までになく時間を掛けて、作詞・作曲・編曲・そして、すとりんぐすあれんじを手掛けた曲だよ〜ん♪たいとるは高根沢が紹介してね♪」
坂羅井から話を振られた高根沢は、純白の衣装を人工の風にはためかせながら、スタンドのマイクを握った。
「まずは皆さん、椅子に座って下さい。30分に及ぶ長い曲です。今日の為に作りました。坂羅井と作崎はコーラスを失敗しないかと心配しているようですが、その分、充分に聴き応えのある曲に仕上がっています。『Sunset』、『Blue Moon』、『True Heart』、『Sunrise』の4部からなる、『組曲:夜明けまで』を聴いて下さい。心を込めて歌います………」

 

 

『組曲:夜明けまで』は成功裡に終わった。
クラシックの要素を盛り込みつつ、ALPEE特有のポップな味付けも程良く効いていて、クラシックアレルギーの人にも耳に心地好く感じられる出来上がりが大好評だった。
最後にアンコールで『BIG WAVE』を歌ってオーディエンスを思い切り盛り上げておいて、ALPEEはステージを降りた。
「坂羅井のお陰で、少しは親孝行が出来たかな?」
コンサート終了後の楽屋で高根沢が呟いた。

 

− 終わり −