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musician

 

(1)

 

「おい、作崎!何、ボーッと見てんだ?」
「あ?」
昭和学院大学のキャンパスで、18歳の作崎鴻助は学友に肩を叩かれた。
まだ4月の末だと言うのに、彼はその明るく気さくな性格から、既に多くの新しい友人を得ていた。
「何見てんだ、って聞いてんだよ!」
「シーッ!!」
作崎は慌てて学友の口を塞ぐと、そのままの状態で花を散り終えた桜の木の陰に引きずり込んだ。
「何すんだよっ!!」
「シーッ!!……あいつ、さっきからおいらの貼り紙を熱心に見てるんでい」
作崎は10m程先の掲示板を指差した。
『バンドメンバー急募!A.Gを除く全パート。腕に自信のある方連絡乞う!無節操に幅広い音楽をやりたいと 思っています』
そこには長身の美しい少年が立っていた。
肩に届く、少しウェーヴの掛かった髪、その髪から時々覗く色白の横顔が日本人離れした端正さだ。
穏やかな瞳が輝いている。
肩にギターケースを背負っていた。
「何だ、高根沢じゃん!」
「えっ?!おい、知ってんのかよ?」
作崎が学友に振り返る。
「知ってるよ。高校で一緒だったんだ」
「教えてくれいっ!詳しい事を」
作崎は思わず色めき立った。
「一目惚れか?あいつ美形だからな」
「バカヤロー、そうじゃねーぜい。いいから教えろよ!」
作崎は彼を近くのベンチに引っ張った。
「あいつは中学から昭和学院にいるらしいぜ。中2の時に帰国子女って事で転入試験を受けて入って来て、 成績優秀なんでそのまま無試験でエスカレーター式に大学まで上がって来たんだ」
「へ〜え」
「それにしてもあいつ、やっぱりバンドがやりたいんだなぁ。あーしてお前の貼り紙を見ている処を見ると」
学友は訳知り顔だ。
「彼、ギタリスト?」
「エレキギターがメインだけど、アコースティック・ギターの方もかなりの名手だぜ。高校時代、スタジオ・ミュージシャンの仕事もしていた位だ。エフェクターの使い方なんてプロ顔負けだしな。オマケにあいつ、曲も作れるし、ギター小僧だから演奏ばかりで学祭では滅多に歌わないけど、歌わせてみると高音のインパクトがある声が出る」
自分の事のように自慢して聞かせる。
「ホントかよ!?すっげーなっ!!あの歳でかいっ?」
『ギター小僧』と言う言葉自体は彼に似つかわしくないように思えたが、作崎は驚いて掲示板の方を振り返った。
しかし、もうその高根沢と言う美形の彼はそこにいなかった。
「しまった!あの『少女漫画』、どっかに行っちまったゼイっ!!」
「もうそろそろ午後の講義が始まるからだろ?」
「彼、専攻は何なんでいっ?!」
江戸っ子の作崎は、誰にでもこう言う口調で話すが、悪気の無い可愛い顔をしているので、相手も全然気にしない。
「英文科だよ」
「おうっ、ありがとさんでいっ!!」
作崎は学友を放り出して、英文科の講堂がある方へ走った。
やがて前方に、折れそうな細いシルエットが見えた。
175cmと決して低い方では無い作崎よりも10cmは高そうな身長に対し、ひょろっと細い体格で、コンパスは本当に少女漫画の主人公のように長い。
彼は早足ではあるが走ってはいないので、作崎は追い付いて話し掛けようかどうか考えた。
なぜだか少し心が高鳴っている。
これが運命の出逢いになるとは露知らず、しかし、どう言う訳か高根沢と言う少年に惹かれてならなかった。
それは決して彼の容姿には関わり無く、作崎自身、彼に自分と似た空気を感じ取っていたからかもしれない。
そして、少しでもプロの世界を覗いているらしい高根沢に多少のミーハー的興味を持った事は否定出来ないだろう。
作崎が意を決してダッシュを掛けようとした瞬間、前方から4〜5人の女の子が高根沢の方へ走って来て、作崎は出鼻を挫かれてしまった。
「高根沢く〜ん♪」
みんなが口々に叫んでいるので、作崎には誰が何を言っているのか理解が出来ない。
しかし、高根沢はろくに彼女達の顔を見ていないにも関わらず、しっかりと聞き分けているようだ。
(あいつ、スタジオミュージシャンをやっていただけあって耳が人並み外れて良いのかも知れねーなぁ……)
作崎は内心呟いた。
「今日の松浦教授の講義は休講なんだってー」
「高根沢くん、良かったら一緒に映画観に行かない?」
「祐子、抜け駆けは無しよー」
「やーねー」
「悪い。休講なら、他に行きたい所があるんだ。ゴメン!」
高根沢はサラリと躱すと、ギターを揺すり上げて軽く手を振り、歩度を速めた。
ベンチに座って様子を窺っていた作崎も慌てて立ち上がり、彼を追った。
まるで刑事か探偵のようだ。付かず離れず追って行く。
もしかしたら彼は既に気付いているかもしれない……などと思いながら、作崎は高根沢に続いて下りの地下鉄に乗り込んだ。
やがて辿り付いたのは、世田谷にあるライヴハウス『AFFECTION』であった。
どうやら高根沢は此処に時々出演しているらしい。
彼が『CLOSED』の看板が下がったライヴハウスの中に消えて行くと、作崎は堂々と店の前に立った。
今日の出演者の貼り紙を見る。
2組出る出演者の後半に『21:00〜22:30 恒例 金曜LIVE!高根沢紀彦』とあった。
『紀彦』をトシヒコと読むのだと知るのはもう少し後の事になる。
此処は素直に『ノリヒコ』と読んだ。
作崎は即座に彼のライヴを見る事に決めた。

 

− (2)へ続く −