musician

 

(4)

 

作崎は満たされた気持ちで週末を過ごした。
ギタリストの候補が決まっただけだと言うのに、なぜか幸せな気分だった。
もう、高根沢が自分のバンドに参加してくれるものと信じている。
そんな彼を家族は呆れとからかいと羨望とを込めて『幸せ者』と呼ぶ。
剽軽(ひょうきん)で明るい下町の商人気質の家である。
月曜日には、自分から高根沢を探し出して、スカウトする!
絶対にうんと言ってくれる筈だ。
高根沢の意志などは無視して、そう勝手に決めていた。
普通なら迷惑がられるのだろうが、憎めないのが作崎の得な処だ。
それに結構彼の眼力は鋭いかもしれない。
無意識の内に自分と同じ感覚を持っている人間を見抜いている。
そして、それで失敗した事は今まで1度も無かった。
彼のこう言った能力には、高根沢や坂羅井も敵わないだろう。
自分から近付く前に相手を惹き付ける物が彼にはあるようだ。
事実、既に高根沢は作崎に対して、そう言う感情を抱いていたのである……

 

 

そして、月曜日。午前中の講義が終わり、ザワザワしている講堂に、作崎を訪ねて来る者があった。
「作崎って言う人、此処にいる?
悪友と話し込んでいた作崎がその声に振り返った。
問い掛けられた女子大生が彼を呼ぶ前に、作崎は飛ぶように声の主の元へと走った。
高根沢だった。自分の方から訪ねて来てくれたのだ。
作崎にとってはこんなに嬉しい事は無かった。
先週の金曜日に見たライヴの印象そのままの高根沢が、そこに立っていた。
紺色のブレザーに真っ白なTシャツ、そしてスラリと長い足にはジーンズと、デッキシューズ。
そんな姿の、繊細そうな色白美少年が自分を見て微笑んでいる。
今日はギターを持っていない。
「やっぱり君だったね」
高根沢は穏やかな声で言った。
「やっぱり、って……バレてた?」
作崎は頭をポリポリと掻いた。
「君が俺を尾行していた事も、ライヴに探りに来た事も解っていたよ」
「何でい、人がわりィなぁ。あの時教えてくれれば良かったのに」
そう言いながら作崎は破顔して、明るい笑顔になった。
「君が作崎君だと気付いたのは、その後、店の人に話を訊いたからさ。それまでは君の意図が掴めなかった」
「ああ、あの坂羅井って人かい?変わった人だけど、いい人みたいだな。高根沢君に興味があるみたいでい。そう言や、あの人もおいら達と同じ、ウチの大学の1年だってさ」
「えっ?本当?そうは見えないな」
作崎の予想通り、高根沢かなり驚いた。
余談だが、坂羅井は実年齢は彼らより4つ上である。だからこの時は22歳だった。
某医大を卒業して、この昭和学院大学に改めて入り直した。
作崎と高根沢はこの時点では、坂羅井を同い年だと思っている為、見掛けが30歳位に見える坂羅井が同学年であると言う事実に驚いているのである。
話をしている内に、高根沢は恐ろしく妖艶な時と若々しい可愛らしさを感じさせる時がある事が解って来た。
作崎がそう感じている反面、高根沢も作崎の事を女の子のように可愛い顔をしている、と思っていた。
互いに相手についての感想を頭の中に巡らせている時、
「作崎くんって言う子、此処にいるかなぁ?」
と底抜けに明るい声が聞こえて来た。
今度は作崎が驚く番だった。
振り返った作崎が見たのは、噂の坂羅井だったのである!
「あーっ!」
「ええっ?」
2人同時に声を上げた。
「作崎くんって、君だったんだぁ♪あれっ?高根沢くんも一緒なの?」
白地に赤の極細ストライプのワイシャツの襟を開けて、下に薄いピンクのTシャツを覗かせ、ジーンズを履いている彼は、ライヴハウスで逢った時の印象とは、かなり違っていた。
しかし、首から上は変わっていない。
「君のばんど募集の貼り紙を見たんだよ♪もし、良かったらやらせて貰いたいな、って思って♪」
それを聴いた作崎は眼を丸くする。
「えっ?貴方がですか?」
思わずべらんめぇ調がどこかへ消えてしまった。
「坂羅井でいいよ♪同期生なんだから♪高根沢くんもそう呼んでね♪」
坂羅井は高根沢の方を見てにっこりした。
高根沢は戸惑いながらも笑い返した。
「こちらこそ、宜しく。勿論高根沢でいいよ、2人とも。俺も早速呼び捨てにさせて貰うよ。ところで、坂羅井はベーシストじゃない?得意技はチョッパーかな?」
高根沢の問いに坂羅井は勿論、作崎も驚いた。
「えっ?どうして解るの???」
「右手の指にベーシスト特有のたこが出来ている。その親指はチョッパー奏法のやり過ぎだろ?」
「そっかー。高根沢はスタジオミュージシャンの経験があるんだったよなぁ。凄ぇよなあ……おいら、尊敬しちまうぜい」
作崎が感嘆した時、坂羅井のお腹が鳴った。
「お腹減ったよ。学食に行こうよ♪ゆっくり話そう♪」
坂羅井が言い出すまでも無く空腹を感じていた3人は、揃って学食へと向かった。

 

 

「スタジオミュージシャンなんてカッコいい物じゃないよ。職人タイプのギタリストには向いているだろうけど、俺み たいなステージ志向の人間には欲求不満の種だね」
高根沢は食後のコーヒーを一服してから、作崎の問いに答えた。
彼と坂羅井は午後の講義は無かったが、作崎にはもう1つ残っていた。
しかし、折角のこの機会を逃すような作崎ではなく、要領良く悪友に代返を頼んでの自主休講であった。
「おいらはライヴバンドを作りてぇんでいっ!やっぱりおいらの眼に狂いは無かったぜい」
作崎は『どうでぃっ?』とでも言いたそうな自慢げな顔で2人の顔を見回した。
「わたしの事は?作崎の眼から見てどうなの?」
坂羅井が訊ねた。
「高根沢が見抜いた通り、だと思ってる……。チョッパー奏者なら、ベースはお手の物だろ?おいらはもう高根沢の眼を信じたぜい」
「俺の眼なんか信じていいのかな?自分の眼と耳で試してみたら?」
高根沢が微笑った。
「高根沢、それはどう言う意味?」
坂羅井がおどけて見せた。
サングラスの奥に隠れている瞳は意外に茶目っ気たっぷりだ。
作崎は初日にして、この2人とうまくやって行けると言う確信を持てた。
そしてこの彼の勘に間違いの無かった事は、現在誰もが認めている処であろう。

 

 

結局、ドラムとキーボードのメンバーは見付からなかったが、3人の音楽的相性はいつでもベストコンディション!
高根沢が出演していたライヴハウス『AFFECTION』のステージに3人で立つようになったのは、驚く事に結成から1週間も経っていなかった。坂羅井はステージに上がる代わりに此処でのバイトを辞め、ベーシストに専念する事にした。
それにしても余りにも早業の『ALPEE』ライヴハウスデビューである。
1人1人の力量が優れていた為に、ユニットとしてすぐに活動する事が出来たのであった。
初代リーダーは発起人の作崎。
『ALPEE』の名付け親は坂羅井だ。彼が簡単に語呂だけで決めた。
作崎、坂羅井のお喋りの軽妙さと、ソロの時と変わらない高根沢の魅力でオーディエンスを引き付けて離さない、『ALPEE』の原型が此処に既に出来上がっていた。
「やっほー♪突然のお目見えだよ〜ん♪初めまして、『ALPEE』です。出来たてほやほやのぐるーぷだよ♪宜しくね♪♪」
坂羅井の紹介を聞きつつ、作崎は高根沢を振り返ってバンドでやれる幸せを噛み締めていた。

 

 

ALPEEの歴史は今、始まった。

 

− 終わり −