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壬生寺の夕景

 

 

壬生寺は幼い子供達で一杯だった。20名以上はいるだろう。
なぜか彼らはしょぼくれている。今日は大好きなおにいちゃんとの別れの日になるからだ。
新撰組が西本願寺に屯所を移す、その前日。
彼らの待ち人はなかなか来ない。もう少しで日が翳って来る頃だ。
子供達はそれぞれの家に帰らなければならない。
「来たぞ〜っ!」
待ち切れずに寺の門前で偵察していた1人の少年が、叫びながら走って来た。
待ち人は懐を何かで膨らませて、足早にやって来る。
絣の着物にきちんと袴をつけている。髪は髷を結わずに後ろへ垂らしている。
涼しげな瞳を持つ、清潔そうな印象の若者だ。
高下駄でカラコロと音をさせて、彼・沖田総司が近付いて来る。
子供達が大好きな音だった。
「良かった〜。みんなまだいてくれて。待たせてしまったね。思ったより引越し作業が大変だったんだ。ごめんよ」
総司はにっこりと微笑んだ。
その優しい笑みに吸い込まれるように子供達の輪が彼に向かってあっと言う間に縮まった。
「日が暮れてしまったらどないしよう、思てたん」
1人の女の子が心細そうな声音で言った。
「そうか。ごめんな」
総司は優しく少女のおかっぱ頭を撫でた。
「なあ〜にいちゃん、ホントに行ってしまうのん?」
一番小さい男の子が寂しそうに呟いた。前髪が可愛らしい。
「お仕事だからね。仕方が無いんだよ」
自分自身も寂しそうに、総司は答えた。
その時、今まで新撰組が寄宿していた八木家の下の子供が突然口を開いた。
「ねえ、山南のおっちゃんはどこに行ったの?」
何気ない言葉だったが、総司の胸はズキンと痛んだ。
すると彼が答える前に兄が弟を諭すように言ったのだ。
「お父が聞いちゃ行けないって言ってたろ?」
総司は八木源之丞の暖かさに改めて感謝したと同時に胸の痛みが増すのを感じた。
「山南先生はご用事があって、遠くに行ってしまわれたんだよ。だからもう逢えない」
そう説明するより他なかった。
どうして言えようか。
脱走した山南を総司が追手に立って連れ戻し、その翌日彼が切腹した事を。
その介錯を総司がこの手でした事を。
どんな思いで彼の首を刎ねたのか。そんな事を子供に説明したって解らない。
屯所を西本願寺に移す事を強硬に反対した山南。
その彼の死を乗り越えてまで、其処に屯所を移転する必要があるのか?
総司だってそんな事を考える事がある。
しかし、もう時代の流れが変わっているのだ。
それに自分自身、労咳と言う病いを自覚している。
この場所を離れて子供達とも別れるのは正直言って辛くもあるが、病いが昂じれば子供達に移さないとも限らない。
別れの口実には丁度良いのかもしれない。
山南さんの想い出だけは共に連れて行こう。
総司は懐に山南の戒名を書いた懐紙を入れている。
今日はそれの他に特別な物がそこに入っていた。
「総司にいちゃんの行く所より遠い所に行っちゃったの?」
子供達も物静かな山南敬助を愛していたのだ。
「そうだよ。にいちゃんが行く所よりもずっとずっと遠いんだ」
「じゃあ、にいちゃんとはたまに逢えるの?山南のおっちゃんよりもずっと近くにいるんだね?」
「引っ越すと言っても、お西さんだからね。仕事が無ければ遊びに来れるよ」
総司は胸にチクリと痛みを覚えながら答えた。
彼は遊びに来るつもりはなかったからだ。
病気の事が無ければ、いつだって飛んで来るのだが………。
少しだけ物思いに耽る総司。
だが、子供達は翳り出したお日様を気にし始めている。
「みんなに竹とんぼを作って来た」
総司は我に返って、懐から風呂敷包みを取り出した。
はみ出した山南の戒名はさり気なくそっと仕舞い込んで……。
「ほら、みんな順番に上げるから並んで」
目線を低くする為に、総司は境内の切り株の上に座る。
子供達は我先にと殺到するかと思うとそうではなく、一番年長のお菊が仕切ってきちんと小さい子から順番に並んだ。
「新太くん。はい。まだ手がちっちゃいから小さいのを作ったよ。転んでも泣かない強い子だったね。いい子にして、お父さんやお母さんを手伝っておあげ」
先程の前髪の少年が「うん!」と大きな声で答えて、小さな手でそれを受け取った。
「おはなちゃん。おはなちゃんの笑顔が見たくて、いつも此処に来ていたんだよ。ありがとう。その笑顔を忘れないでね」
「幸助くんはちょっとやんちゃ過ぎだけど、そこが好きだったよ。もう少しみんなに優しくしような」
「お小夜ちゃんは泣き虫で困った事もあったなぁ〜。最近は余り泣かなくなって来たね。お姉さんになったんだね。偉いよ!お母さんの助けになって上げてね」
総司は1人1人の特徴をちゃんと解っている。
それぞれに優しい言葉を掛けた。
それが訣別の言葉だとは子供達は思わない。
総司は全員に竹とんぼを配り終わると、切り株から腰を上げた。
「さあ、みんな、もうお帰り」
思い思いに竹とんぼを飛ばし始めた子供達に声を掛けた。
「今日はもうお日様が沈んでしまうから、それで遊ぶのは明日にしようね。転ばないように気を付けてお家に帰るんだよ。帰ったら、お父さんとお母さんに沖田が宜しくと言っていたって伝えて欲しい。みんなちゃんと言えるよね?」
「は〜い!!」
「みんな、良い子だ。にいちゃんはみんなの事が本当に大好きだよ。さあ、走らないで、石に躓かないように足元に気を付けるんだよ」
総司は少し寂しげな表情を浮かべて、無邪気な子供達を見送るのだった。

 

 

翌日の昼前、八木家・前川家の間の路地から、隊列を組んで出立する新撰組隊士の1人を、子供達が見送りにやって来た。
「総司にいちゃん、身体に気を付けてな〜!」
「また遊びに来てね〜!!」
この日の為に子供達は皆で歌を練習していた。
一番隊隊長として、隊服を着込み、列の先頭の方を歩いて行く総司。
どんどん子供達と距離が離れて行く隊列の中で、いつまでもその歌が総司の耳に暖かく残っていた。
「ありがとう。素敵な贈り物だよ……」
総司は口の中で誰にも聴こえないように呟いた。
しかし、子供達にはその呟きはしっかりと届いているに違いない。

 

 

− 終わり −