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夏 の 海

 

※この小説は10000hitをGETされた夏海様から『夏の海と言うタイトルで何か書いて下さい』
 と言うリクエストを頂戴して書かせて戴きました。夏海様、どうもありがとうございました!!

 

 

僕は今でも夏の海が好きだ。
そして……その名前を冠した少女・夏海の事を思い出すと、僕の胸はキュンとする。
あの頃の淡く眩しかった思い出は、今も僕の中に静かに息づいている。

 

 

そう、あれは高校1年の夏休み。夏海と初めて出逢った。
僕はその年、初めて親戚がやっている海の家を手伝う事にした。もっと早くから小遣い稼ぎにやりたかったの
だけど、親が許さなかった。
高校に上がって、やっと念願叶ってここにやって来たのだ。
僕はその頃、手に入れたい物があった。
レスポール製のオールドギター。これがいい音を出してくれるのだ。憧れのアーティストが持っているのと同じ物。
いずれバンドを組みたいと思っていた。その為にも、いいギターを持ちたかった。
形から入るのもどうかと思ったが、僕はどうしてもそれが欲しかった。
僕がそれを持ったからって、憧れのあの人と同じ音が出せる筈などないのだけれど………
そいつを手に入れる為に、僕は夏休みの間、住み込みでバイトを始めたのだ。
夏海はそんな僕の前に彗星の如く輝いて現れた。
海岸には海の家が軒を連ねている。その各家には『呼び込み』の女の子がいた。
親戚の店に、一昨年からバイトに来ていると言う夏海は、活発な女の子でビキニの上にTシャツを羽織っていた。
肌は小麦色。ショートカットが良く似合う。顔立ちは派手ではないけれど、眼が大きい少女だった。
今時の女の子とは違い、髪は漆黒のようだし、ピアスも付けていなかった。
僕よりも2級上だった。高校3年生。今年で引退だと言う。
一緒に仕事をする内に、少しずつ打ち解けた僕達は、お互いの事をポツリポツリと話すようになり、日を追う毎に
親しくなって行ったのだ。
僕と同じように、夏海には夢があった。
2人で夜空を見ながら、海辺で波と戯れて、いつもそんな話ばかりしていた。
彼女の夢は、こんな所でバイトをしているのとはとても似つかわしくないように思えた。
夏海は友禅染で有名な大家の末娘だった。
既に2人の姉が親に入門し、厳しく芸術の道を叩き込まれているのだと言う。
だが、夏海はただ自分も姉達と同じ道を歩もうと漠然と思っているのではなかった。
人と違う事がしたいのだ、と彼女は言った。
父親や姉達がやっているような加賀友禅ではなく、自分のオリジナルが作りたい。
そして、それを着た若い女の子達が街を闊歩してくれたら……と、夏海は大きな夢を抱え持っていた。
「憧れの人を追うのもいいけど、模倣では駄目よ。絶対に貴方でなくちゃと言う物を1つでも持たないとね」
夏海は僕に言い放った。
そんな風に夢を語る彼女は、本当にキラキラと輝いている。僕は少し嫉妬した。
夏海は不意にTシャツを砂浜に脱ぎ捨てて、海へと走り出した。
薄暗闇だ。僕は躊躇した。
「いらっしゃいよ!冷たくて気持ちがいいわ」
「でも危ないよ!」
「大丈夫よ。いらっしゃい!」
夏海が本当に気持ちが良さそうなので、僕も着ていたアロハシャツを脱ぎ捨てた。
下には当然水着を着用しているから、そのまま一目散に海の中の夏海の所へ向かって走り出す。
2人は暫く波と戯れ、童心に返った。
こんな風に、一緒になって泳いだりするのはこれが初めてだった。
明日、夏海は東京へ帰る。これが最後の夜だった。
もう2度と逢えまい。彼女は高校を卒業したら染色の勉強の為に単身インドネシアに行くと言う。
そこで得るものが友禅染にどう生かされるのか、僕には解らない。
でも、彼女は本気だったし、きっと真摯に勉強して多くの物を得て戻って来るに違いない。
僕にはそれが確信出来た。
僕はこれからミュージシャンへの道を目指し、いつかあの人と同じステージに立ちたい。
それを叶える為には努力を惜しまないつもりだ。
スポットライトを浴びなくてもいい。ギターの腕を磨いて、こいつの音が必要なんだよ、と言われるようになる。絶
対になる。
僕は海の中で夏海にそう告げた。
夏海は優しく頷いた。
「そう、それでいいのよ。私も負けないからね!」
そう言うと、夏海は僕に身体を預けて来た。
「好きだったの……明日でお別れだけど、お互いに自分の夢の為に、絶対に負けないで突き進もうね」
僕は夏海の肩に手を置いて、静かに接吻をした。
僕が夏海に惹かれている事は、自分自身が一番良く解っていた。
お互いに自分の道を突き進む為に、僕達は別のレールに乗る。
夏海は自分から唇を離した。
「さようなら。今日の事は一生忘れない!元気でね!!」
暗闇に夏海の黄色いビキニが浮かび上がった。段々と遠ざかって行く。
僕にはそれがスローモーションのように見えた。
止める事は出来なかった。

 

 

夏海が去った次の日に、僕も親元に帰った。
そして、翌年。この海にもう夏海は居なかった。
今頃。異国の地で頑張っているのだろう……僕は夏海の事を思いながら、3年間此処で夏を過ごした。
あれから10年。
僕は憧れのあの人のバンドのバックを務めている。あの人自身、音に厳しいギタリストだから、求められる事は
高度な事ばかりだ。
でも、僕は『出来ません』とは絶対に言わない。
夏海に負けたくないから。
最近、マスメディアで彼女の名前を耳にする事が多くなって来た。頑張ってるな!僕も負けないよ。
いつか、お互いの道を極められたら……………逢えると、いいね。

 

− 終わり −