×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

 

ONE MORE CHANCE

 

※この作品は高校生の頃に書いた童話です。
でも、子供向きではないですね。
敢えて手直しをせずにそのまま掲載します。

 

ガムリカのオールドヨーク市の裏通りの一角で、明らかに飼い犬である、古い首輪が付いているワン公が物乞いをしておった。
人々は犬なんか相手にしない。貰いは一銭も無かった。
このワン公、只者では無い。人間の言葉を話すのだ。
しかしその事は、わししか知らん。
そう、飼い主さえも気付いてはいなかった。
こうして毎日物乞いをしているのを見ているだけで、わしには何もしてやれない。
えっ?わし?!
わしはこの暗い裏通りを照らして80年、老いぼれの哀しき街灯じゃよ。
わしは80年間、ずっとこの街の人々と悲哀を共にして来たつもりだ。
しかし、何も手助けは出来なかったがな。
今回も例外では無く、3ヶ月も前から、貰いが少ないと食事をお預けにされてしまう可哀想なワン公を目の当たりに見とる。
が、わしには何もしてやれん。
そんな自分が歯痒くて、わしゃ、溜まらんのだよ。
同じような毎日が続く。
ワン公も同じ時間にやって来て、同じ時間に帰って行く。

 

 

ある日、わしはワン公の独り言を耳にした。
いつも少し離れた所で見守っている男は居なかった。
「おじさんが病気で倒れた。逃げるなら今がチャンスだ。どうしよう………でも、僕が逃げたらおじさんは1人になっちゃう。どうしたらいいんだろう。僕は………」
何てお人好しな奴だろう。わしはじれったくなった。
でも、このワン公、憎めないのだ。
あの可愛らしくていじらしい姿を見ていると、何としても幸せにしてやりたくなる。
しかし、わしの気持ちはワン公に通じない。見守る事しか出来ん。
ワン公よ、2つに1つだ。
自分で自分の道を選ぶのだ。
お前がとことん考えて納得した事なら、わしも満足だ。
お前さんの飼い主が元気になるまでに決断しなけりゃならんぞ。
自分の人生は自分で切り開くのだ。
況してやお前は動く事が出来るのだからな。
わしは自分の身体さえ思うように動かせぬ能無しじゃ。
わしは何とか、このワン公を逃がしてやりたい。
しかし、奴の言葉は聞く事が出来ても、こちらの意志を伝える手段が無いのだ。

 

 

ワン公は随分と悩んでいた様子だったが、日が暮れるととぼとぼと帰って行った。
どうやら今日は逃げ出す決心が付かぬようだ。
いつもは見張りをしている飼い主が、病気が倒れた今、彼の逃亡を妨げる者は無いのだ。
それなのに、どうした、ワン公!
あんなに逃げたがっていたではないか。
いざと言う時になって、飼い主を捨てて行く勇気が無いのか?!
それとも、そんなに優しい男なのか?あの男が。
そんな筈はないだろう。
お前は、あの男にひどい仕打ちを受けていたじゃあないか………
なあ、ワン公よ………。
どこへ帰るのか、ワン公は3ヶ月前と同じ方向に帰って行った。
夕陽を背にして……そして、消えて行った。
今日の貰いもゼロ。また叱られるのだろう。可哀想に。
わしはこれから暗いこの街を照らして、寝ずの番に付く。

 

 

ワン公には彼女がいた。ピンクのリボンが可愛らしい娘だ。
でもこの娘の首には、冷たい首輪がしっかりと繋がれ、鎖の先には、過保護な女がいた。
ワン公よ、お前はこの娘と知り合った時から、これが悲恋と知っていたんだな。
女はメス犬とお前がイチャイチャするのを好まない。
それでも、毎日決まった時間にメス犬を連れて散歩に出る。そしてお前の前を知らぬ顔で通り過ぎる。
お前は、1日1回は彼女に逢う事が出来た訳だ。正確には見るだけだが。
そうか…!!わしは昨晩物思いに耽っていて気が付いたのだ。
ワン公が逃げないのは、彼女と逢えなくなるからだ。
ワン公は、『おじさんが1人になっちゃう』と言っていたが、それはきっと、自分の心に言い聞かせる為の、逃げない口実だったのだ。
わしは急に力が抜けるのを感じた。あいつめ……
お前と逢う度に哀しい瞳で見詰めるあの娘。あの娘だって、お前と一緒にいたいに違いない。
何とかならないものか。
あの娘と一緒に、楽園へ行かせてやる事は出来ないものか。
ふふっ。わしもお人好しと言うか……相当なお節介者だのう。
でも、実はわしは此処が自分の良い処ではないかと、密かに思っているのだ。
あの娘も飼い主の元から逃げ出してくれれば問題は無い。
ワン公も一大決心をして、2人だけの楽園を探し求める旅に出るだろう。
わしは、彼らに助言をする事すら出来ない。
こうしてわしは、心を持っているのに………
わしは2人の出発(たびだち)を見届けるまで、イライラし続けなければならないのか。
おう、ワン公が元気良くやって来た。
おはよう。
今日こそ決心するんだぞ。
メス犬をあの女から奪い取って来る位、強気にならなくちゃ駄目だ。

 

 

相も変わらず道行く人は、物乞い犬なんぞに見向きもせず、忙しそうに人と人の間を縫って行く。
オールドヨーク市は回転の速い街だ。
もっとのんびり暮らせないものか。
何をそんなに齷齪(あくせく)生きるのか。
80年前、わしがこの街に産声を上げた時と何もかもが違う。
わしはもう、この速度に着いては行けぬ。
………わしの思考は続く。
ワン公、お前は今の生活に満足しているか。
このまま老いぼれて、死がやって来ても、お前の心は満たされるのか。
お前がいいならそれでいい。
お前はお前なりに悩んでいるのだろう?
でなきゃ、わしの心配は馬鹿らしい取り越し苦労で終わってしまう。
なあ、ワン公よ。よ〜く、考えてみろよ。
どうせ人間よりも短い生命だ。
人間に使われて一生を終えるなんて、お前にゃ余りに酷過ぎる。
お前の人生(犬生かね?)なのだ。お前が決めろ。
多難な人生航路の先にはきっと幸せがある。
お前のその手で掴むんだ、幸せを。
あの娘と一緒にな。
………何とか、わしの気持ちを伝える手立てはないものかのう………。
ここ当分の課題になりそうだ。

 

 

「ミーちゃん、僕は君とさよならなんて出来ないよ。でも、このままの暮らしは嫌なんだ。どうしたらいい?………神様は、もう1度だけチャンスを下さったんだ。おじさんも快方に向かっている。早く決めなくちゃ……決めなくちゃ」
ミーちゃんとは、あの娘の事らしい。
ワン公は今、心の葛藤で苦しんでいる。
わしは今日も奴の気持ちを軽くしてやる事は出来ない。
心の奥でイライラだけが募っている。

 

 

ついに、わしの身体が腐って来た。
前から変だとは思っていたが、根元の方から腐り始めおった。
思えば80年、わしは木の身体を雨風に晒されて立ち続けて来た。
苦しい………。わしはいつまで立っていられるだろう。
この街を照らしていられるだろう。
ワン公を見守っていられるだろう………?
ワン公よ、早くミーと一緒に旅立って、わしを安心させてくれ。
死んでも死に切れんのじゃ。
お前が悩んでいるのを見下ろすと、わしはまだまだ死ねんと思う。

 

 

段々と身体が重く感じるようになった。
80年の歳月は重い。もうわしも長くはない。
ワン公………。
わしの望みは叶わぬのか。
ワン公はわしの気持ちなど知らぬように、決まった時間にやって来て、決まった時間に帰って行く。
早くしなければ、あの男が元気になって、また元の木阿弥だ。解っているんだろう、ワン公………。
わしの身体が傾き出した。
行かん!このままではもう駄目だ。
ワン公。わしはお前の行く末を見届けずに朽ちて行くのか?
涙が零れ落ちた………
わしは自分でも驚いた。涙が出るなんて。
わしにはやっぱり心がある。生きている!!
雨だと思ったのか、ワン公はわしを見上げた。
ワン公がわしを見上げたのは初めてだ。
「おじさん?おじさんは泣いてるの?」
わしは返事をする事が出来ないが、ワン公はわしの気持ちを読み取ったらしい。
「街灯のおじさん。おじさんは僕を心配してくれているの?」
ワン公は、首を傾げた。
「おじさんは、僕がミーちゃんと逃げればいいと思ってるんだね?………僕も1度はそう考えたよ。でもミーちゃんはあの人の所だもん。僕1人で逃げればいいんだけど………」
ミーをあの女から奪って来ればいいじゃないか。あの娘だって、お前になら着いて来るだろう。
「おじさん。僕、そんな事………」
強気になれ。もっと強気になれ。
人間に遠慮なんかする事はない。
お前にはお前の道がある。
2人で楽園を探す旅に出るんだ。
「楽園?」
そうだ。楽園だ。2人だけの楽園だ。そこには、幸せが待っている。
「おじさんっ!!」
ワン公はいきなり走り出した。
いつもとは違う方向に。ミーが帰る方向に。
わしはただただ嬉しかった。安心して、力が抜けてしまいそうだった。
いや、まだ早い。まだ………。

 

 

その後の時間は、わしにとってかつて経験した事が無い程の長い時間だった。
時間との闘いが続く。
時の経つのが、いつもの何十倍にも感じられた。
人間の時間で3時間程が過ぎただろうか。
夕陽の沈む頃、ワン公とミーが連れ立ってわしの足元にやって来た。
「おじさん、ありがとう。僕ら、2人だけの楽園を探すよ」
「私達、幸せになります」
「本当にありがとう。おじさん………。さようなら。おじさんも元気でね。さようなら!!」
………さようなら。わしも心の中で呟いた。
ワン公とミーは何度も振り返りながら、遠くへ消えた。
わしは嬉しかった。嬉し涙が溢れて来た。
さようなら。幸せになれよ。
2人で助け合えば、どんな困難にも打ち勝って行ける。
お前らなら、きっと2人だけの楽園に辿り着ける。
元気でな。
絶対に幸せになるんだぞ。

 

 

………わしは、自分の身体がグラリと傾いたのを感じた。
満足だった。

 

− 終わり −