最期の刹那に
〜 風見祐介・心の呟き 〜

 

 

俺は忘れていた。
仕事にかまけて、余分な事を考える事すら忘れていた日々。
星を見上げたり、緑を愛でたり、そう言った当たり前の事から自分の生活は掛け離れていた。
ふと、こんな事を思うようになったのは、自分の生命と向き合う事になってからだ。
考える事が多くなった。
自分の死について。
本当に些細な自然の営みについて。
自分はこれから枯れて行くだけなのに、季節はこんなに輝いている。
そんな事に今まで気が付かなかった。
周りに眼が行っていなかったのだ。
いつも前だけを見詰めていた。
もしやこれは嫉妬なのか?
生ある全ての者に対する、憧憬なのか?
あと半年の生命と言われて、もう既にその期限を過ぎている。
身体はボロボロだ。
今に立ってさえいられなくなる。
呼吸も苦しい。
激しい痛みと眩暈、そして…ついに血も吐いた。
死を目前にして、今まで見えなくなっていたいろいろな物が見え始めた。
心が子供の頃の清廉な感じに戻っているのだ。
小さな事に感動出来たあの頃に。
張り込み中に道端の花が1つ開花している事に気付く。
昨日はまだ蕾だった。
ああ…生きている。頑張っているのだな。
俺はもう長くは無い。
見届ける事は出来ないかも知れないが、残りの花びらもきっと開かせて、道行く人の眼を楽しませて欲しい。
間もなく確実にやって来る最期の刹那に向けて、こんな風に物を見る事が出来て良かった……。
今、誰もが忘れ掛けている自然への感謝を、こうして思い出す事が出来て、本当に良かった。
俺のやるべき事はもう終わった。
あとは心静かに死を迎えたい。
心からそう思っている。

 

− 終わり −