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白の世界

 

この作品は35000hitの佐貴さまから『冬の物語を…』と言うリクエストを
頂戴して書かせて戴きました。

 

 

積もった雪に一番最初に足跡を付けるのが好きだった。
家中の誰よりも早く起き、往来に飛び出す。
適当にある物を着て外に出るから、大雪の日に合わせた服装はしていない。
何せ親兄弟が起きて世話を焼く前に出歩いてしまうのだから、仕方が無い。
いつも、必ず後になって熱を出した。
それでも懲りないのが子供である。
幻想的な冬将軍が作り出す世界は子供にとっては夢のような世界だ。
ふわふわとして、綿菓子のように見えるが、触ってみると何て冷たいのだろう。
純粋無垢な少年は、毎年毎年その事に感嘆するのだった。
それはまだ十の年を数える前に、偶然見付けたあの桜を見た時の感動と同じものだ。
あの時と違うのは、隣に『おさきちゃん』がいない事。
そして、此処が他人の家で、自分が弟子入りした剣術の道場であると言う事だ。
あの時の少年は既にもう元服を迎え、前髪も取れていた。
雪を見て心を動かされるが、何も考えずに雪の中に飛び出す程の子供でもない。
慎重に身支度をした後、まだ寝ている者を起こさぬようにそっと雪掻きを始めた。既に雪は止んでいる。
『おさきちゃん』の事は今でもたまに思い出す。
もう、お嫁に貰われて行く年頃だろう。その日は近い筈だ。
ひょろっと背の高い青年になった沖田総司はふとそう思った。
「あの時の桜、もう1度見たかったな……」
なぜだろう。降り積もった雪を眺めながら、そんな事を口走った。
「そうじ。何ブツブツ言っていやがる」
後ろから突然、声を掛けられた。
昨日の夜遅く泊まりに来た石田村の歳三だ。
寒そうに半纏を羽織っている。
彼は土方と言う隠し姓を持っていた。土方歳三。いい面構えをした男だ。
総司はこのフラフラと地に足が付いていないように見えるこの男が、本当は芯に強く燃え滾った物を持っている事を良く知っていた。
だから、道場主の近藤周斎の妻からは煙たがられているこの男を、彼は決して嫌いではなかった。
その為、まだ入門していない土方をぞんざいには扱わなかった。
総司は足音で誰が来たか解っていたので、背中を向けて雪掻きをする手を休めないまま彼に答えた。
「昨日は遅かったようですが、お早いお目覚めですね」
「まあな。ちょっと訳ありでな。良く眠れなかったのさ」
「また女の人ですか」
総司は揶揄するような口調だ。しかし、手は休めない。
入門したとは言え、下働きに近い事もさせられ続けているから、総司はそれは良く動く。
「いや……」
土方は言葉を濁した。どうやら、物騒な事があったようだ。
「それはそうと、桜がどうしたとか言っていたがな。こんな雪の中で何だと言うんだ?」
土方は当然のように訊ねて来た。
「昔、近所の一家と一緒に花見に出掛けて、親達とはぐれてしまった事がありましてね。その家の女の子と2人 泣きながら彷徨っている内に、降るような凄い桜並木を見付けたんですよ。夢のような光景でした。あの景色は絶対に忘れられません。あの頃の私は、雪や桜を見てはその都度、感動していたなって、ちょっと思い出したんですよ」
「ほう〜。そんな場所が多摩にあったのか」
「ええ。あの後、すぐに試衛館に来てしまいましたから、それきりなんですけどね。ふたりだけの秘密の場所にしておこうね、なんて幼い約束をしましたけど、本当にそれきり………」
「それがお前の初恋か」
土方がすかさず訊ねた。
総司は雪を掻く手を少しだけ止めた。
「いいえ。初恋などと言うには、私達は幼過ぎました…」
「春になったら、出稽古のついでに其処を探しに行ってみるか」
「………土方さんなら、見せて上げてもいいかな。うん、見ておいて欲しいような気がする。私の心象風景を、土 方さんの心のどこかに留めていて欲しい。どうしてかな?解らないけど」
「妙な事を抜かすじゃねぇか……。まあいい。その降るような桜をきっと見てやるさ」
「その場所を教えて上げる代わりに雪掻きを手伝いなさいよ。もう私は凍えそうなんですから」
総司がクスクスと笑いながら、持っていた鍬を差し出した。
「おいおい。俺は客人なんだぜ」
「可愛い総ちゃんが凍え死にしても良いのですか?」
「ケッ!良く言うぜ。元服した癖によ。貸してみなっ!」
土方は総司から鍬を奪い取ると、雪掻きに精を出し始めた。
総司と違って、遠慮会釈は無い。
寝ている者を起こさんばかりに、音を立てながら、豪快に雪を掻き始めた。
すぐさま玉のような汗が額に滲み、朝陽に反射した。
「総司。いつか俺は勇さんを頭領にして、でっかい事をして見せる。その時はおめえもきっと一緒だぞ」
「ふふ。解ってますよ。私の人生を預けるんですから、半端じゃ許しませんからね」
「言ってくれるじゃねえか」
土方はニッと笑った。
「もう1本、鍬を取って来ます!」
総司も笑い返した。
「転ぶんじゃねえぞ」
雪の中を危なげに走り去る総司の背に向けて、土方が呼び掛けた。
「子供じゃないんですから!」
振り返ってそう答えた途端に総司は雪の中に転げて、土方の視界から消えた。
全身真っ白になって起き上がった総司が照れ臭そうに微笑んだ。
その若々しく輝いた笑顔はいつまでも土方の心に残っていた。

 

− 終わり −