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tears for you

 

(2)

 

「棚の上、社長は捕まったかい?」
景気を付けるように元気な声で、作崎が訊いた。
「ええ、これからすぐにこっちへ来るそうです」
棚の上は溜息と一緒に言葉を吐き出した。
祐介は沢木と視線を交わして彼の意志を確認してから、棚の上に訊ねた。
「棚の上さん、貴方にお伺いしたい事があるのですが」
棚の上は落ち着きを取り戻していた。
「解りました。刑事さんが私に訊きたい事は何なのか察しが付いています。今、社長からも話をしてもいいと言う許可が出ましたので、お話しします。高根沢さん、これは高根沢さんもご存知ない話ですから、どうか驚かないで下さい。コンサート前にはお聞かせしたくなかったのでさっきは黙っていたのですが、社長も今日のコンサートは中止にした方がいいだろうと言っていますし……」
「ちょっと待て」
高根沢が色めき立った。
「コンサートはやるよ。今日を楽しみにしているファンの子達の気持ちを考えたら、俺はステージに立たずにはいられない。解ってくれ…それに、コンサートの最中に襲って来る事は無いと思う。俺の生命が目的であるならば、コンサートを妨害したり、オーディエンスを混乱に陥れる事はしないだろう。もしもまた襲って来るならば、コンサートが終わって此処を出る時だ……」
「でも、高根沢。これから傷口を縫合するんだよ。麻酔もするし、すてーじに立ってはいられないと思うよ」
坂羅井が心配げに言った。
※ 坂羅井はひらがなで喋ります(笑)
「それならコンサートが終わるまでこのまま……」
「無茶言うんじゃねぇよ!」
作崎が叫んだ。
「そうだよ。高根沢がこんさあとをやりたい気持ちは解るよ。どうしてもやるなら、ちゃんと傷の手当てをして、座ってすてーじに出るんだね。その分、わたしと作崎で動き回るから♪ふぁんの子達にはりはーさるで足を痛めた、って言う事にしてさ」
「解りました」
棚の上は、外の通路で待機していた舞台監督に『リハーサルは出来そうもないけど、一応全て予定通りに進めて下さい』と言った。
「悪いけど、音合わせはローディーの透、圭介、浩二にやらせて下さい。それ位は出来る筈です。曲順は予定通りにCパターンで行きます。あと、アンコールの1曲目で『HEART BREAK』をアコースティック・ヴァージョンで入れますから……」
高根沢が楽屋の中から舞台監督に声を掛けた。
「あ。それからスタッフのみんなに余り心配しないように言って下さい」
舞台監督はニッコリ笑って楽屋を覗き込み、高根沢に頷いて見せると、忙しそうに走り去った。
「で、申し訳ありませんが、先程の話を続けて下さいますか?」
そんな光景を好意的な眼で見ながら、祐介は話を元に戻した。
「解りました……実は事務所の方に、何通もの脅迫状が届いたのです。高根沢さんをこの世から抹殺してやる、と書かれていました。別に何かを要求して来るとか言う訳でもなかったので、こちらでは悪質な悪戯だろうと解 釈していました。ただ余りにもしつこく送って来るので、社長から絶対に高根沢さんの傍から離れるな、と命令されていたのですが……こんな事になってしまって……」
棚の上は鼻を啜った。
「馬鹿、泣くな。そう言う事だったのか……お前の所為じゃないよ」
高根沢は片足で立ち上がり、棚の上の肩を抱いた。
高根沢と1つしか違わない棚の上だが、今は一回り以上年下の少年のように泣いている。
「俺が本当に殺された時は、そうやって泣いてくれてもいいけど、この程度の怪我で済んだんだし、何もお前が責任を感じる必要は無い。それより、お前が巻き込まれないで済んで良かったよ………」
高根沢は棚の上の背中を軽く叩いた。
棚の上がやっと泣き笑いを見せた時、警察病院から外科医が駆け付けた。
「おう、風見君、その後身体の具合はどうかい?悪い患者だから、なかなか診せに来ないんで心配していたぞ」
宮本朗(あきら)は祐介の主治医でもある。静かに囁くように彼に告げた。
「それは………元気な証拠ですよ。それより早く傷を診て下さい」
祐介はそれ以上、自分の身体の話を周りに、特に沢木には聞かれたく無かったらしい。
高根沢の治療を促す事で、巧みに話題を変えた。
宮本は看護婦に指示をして、部分麻酔の準備を始めた。
その時、坂羅井が素っ頓狂な声を上げた。
「あれっ?もしかして『みやもっちゃん』じゃない?やっほ〜♪元気???」
宮本はそれに対して落ち着いた物で、高根沢の怪我の治療の手を休めないまま答えた。
「おう、久し振りだな。谷保(やほ)総合病院の元・御曹司!」
「何だ、驚かないの?つまんないなぁ〜」
「現場が『ALPEE』のコンサート会場だと言うんで、多分お前さんがいるだろうと思っていた………しかし……随分変わったなぁ。本名で出ているから解ったが、そうでなかったら気が付かなかっただろうな」
「みやもっちゃんだって、いつ刑事を辞めて医者に戻ったの?」
「宮本先生、坂羅井さんとお知り合いでしたか…?」
祐介が意外そうに訊いた。
「ああ……俺が大学を出て、研修に行った先がこいつの父親が院長をやっている病院でね。あの頃は高校生になるかならないかの頃だったな。なぜか意気投合したんだ」
「じゃあ、おいら達の知らない坂羅井を知ってるんだ。坂羅井はおいら達に出逢う前の自分の事を話したがらないんでいっ!」
作崎がニヤニヤした。
「あ、ああ、あのね。みやもっちゃん………」
坂羅井は慌てて、話を変えた。
「高根沢が絶対にすてーじに立ちたい、って言うんだけど、椅子に座って動かなければ大丈夫かな?」
「それは何とかならない事も無いだろうが、麻酔が切れるまでは自力では歩けないぞ。それに、生命を狙われているんだろう?」
宮本は傷口の縫合をする為に、手を消毒し、マスクを着けながら眉を顰めて見せた。
「観客の手荷物検査に私服警官を配置して、厳しくチェックさせましょう。後はステージの袖に私と風見が張り込みます。コンサート中はまず何も起こらないだろうとは思いますが、万全を期します」
沢木が宮本に説明した。この2人は、元は先輩後輩同志である。
宮本は医大を出て、外科を習得してから刑事になったと言う変わり種だ。外科医としての知識は、事件解決に大変役立っていた。
沢木とはいいコンビだったが、ある時、自分を恨む男が起こした事件に家族が巻き込まれ、宮本の妻子は生命を落としてしまった。
それが切っ掛けで彼は刑事を辞め、医者の仕事に従事するようになったのだった。
さて、沢木は高根沢にコンサートを諦めさせる事を断念したらしい。
既に万全の配置を計算し始めた。
所属事務所の『WONDERFUL MUSIC PROMOTION』の社長である野槙瞬介も駆け付けた。
ひとしきり高根沢を説得したが、彼は高根沢がファンを思う気持ちを痛い程解っているので、高根沢の傷口の状態を気にしながらもやがて首を縦に振った。
「刑事さん達にはご迷惑ですが、わざわざ来てくれるファンをそのまま帰す訳には行きません」
高根沢は強い意志を感じさせる声音で言った。
こうしている間にも、三原署の刑事達の捜査は続いていた。
楽屋には顔を見せていないが、原優(すぐる)らの若手刑事も隠密裏に動いている。
目撃者のタクシー運転手が、車の特徴をかなり覚えており、ナンバーも部分的に記憶していたのである。
車の方と、高根沢を個人的に恨んでいる人物の洗い出しとの両面から捜査は始まっていた。
既に会場となるホールは開場しており、私服の警官達が、スタッフの腕章を付けて、表面的には優しく、しかし厳しい眼で観客の中に刺客が混じってはいないか、とチェックを繰り返している。

 

 

高根沢の傷の手当てが終わったのは、開演の15分前であった。
坂羅井と作崎は埃を立てるのを恐れて、別室に移って衣装替えを済ませていた。
高根沢はギリギリでヘア&メイクをし、八木沢に手伝って貰いながら、珍しく黒の上下の衣装に着替えた。
その下には、警察から貸し出された防弾チョッキを身に着けている。
衣装にはスパンコールがあちこちに散りばめられているから、とても華やかだ。
普段は作崎の側のステージの袖から登場するのだが、今日は高根沢の立ち位置に近い、反対側に向かった。
「今日はリハが出来なくて、悪かったな」
幕が上がるのをじっと待っている舞台の袖で、高根沢は他の2人に囁いた。
「それ位、大した事じゃないって!それより、高根沢、無理すんなよ!動きの無い分はおいら達が出来るだけカバーして頑張るからよ」
「高根沢、痛くない?」
坂羅井は少し不安げに高根沢の顔を覗き込んだ。
「大丈夫だよ。坂羅井も心配症だな。まだ麻酔が効いているから、右足は痺れて何も感じないよ」
「さあ、幕が上がるよ」
坂羅井が言った。
坂羅井と作崎………暖かいこの2人に両サイドから支えられて、高根沢はステージへとその足を踏み入れた。
熱狂的なオーディエンスの拍手と歓声が3人を迎えた。
高根沢が足を負傷している事に気付いたファン達は一瞬騒然としたが、『ALPEE』の表情は明るいし、いつもの通りにオープニングのインストゥルメンタルの曲の演奏が始まると、すぐに曲に意識を集中した。
今日は高根沢が動き回れない分、ギターで思い切り煽るぞ!
3人の気持ちがオーディエンスの待ち焦がれていた気持ちと一体化して昇華した。
いろいろあった1日。刑事の護衛付きのステージだが、素敵なコンサートになりそうな予感が3人の中に芽生えていた。

 

 

コンサートを終えて、棚の上に支えられながら楽屋に戻った頃、緊張が解れたのと、麻酔が切れ掛かって来たのとで、急に右足の痛みが戻って来た。
我慢強い高根沢も、昨日からの疲れも手伝ってか、ソファーに深く沈み込んでしまった。
コンサートの最中は忘れていた事件の事も否応無く思い出される。
「高根沢、だいじょうぶ?」
坂羅井が心配そうに覗き込む。
「ああ………今日は2人やスタッフに迷惑を掛けてしまったな」
「馬鹿だなぁ、仕方ないじゃん。おいら達もスタッフもそんな風に思ってないよ。それに今日のステージ、高根沢が動けないと言うハンデを他でカバーしようとした分、手前味噌だけど120%のパワーでやれたと思うぜぃ。逆境に強い『ALPEE』だからなっ!」
「それにしてもこんさあとの時に何か起こったらどうしよう、っておじさんは心配だったんだよ〜ん!歌っている最中に高根沢が襲われたりしたら、大ぱにっくだからね。何も起こらなくて良かった♪」
「しかし、まだ安心は出来ないよ。帰りを狙っているかもしれない。お前達は今日は先に出ろよ。俺と一緒では危険だ」
「何言ってるんでい。水臭いなぁ〜。犯人がなぜ高根沢を狙っているのかはまだ解らないけど、お前だけを危険な眼に遭わせられるかよ、チキショー!」
「そうだよ〜ん!」
「駄目だ。それで3人共殺られたらどうするんだ?それに、俺はこれから真山由紀のレコーディングのスケジュールが入っている」
高根沢が言った処へ棚の上が割り込んだ。
「高根沢さん、その件ですが、今日はキャンセルさせて貰いました。こんな事があった後ですし、それでなくても高根沢さんの身体が持ちません。これ以上続けたら、高根沢さん、いつ倒れてもおかしくありませんよ」
「俺はそんなにやわじゃないぜ、見掛けより。でなければ、この業界で続いている訳がないだろ?心配のし過ぎだよ、棚の上。お前の方こそ身体を壊してしまうぞ」
高根沢は足の痛みを堪えながらも、微笑んで見せた。
彼はいつもそうだ。自分の事よりも人の心配ばかりしている。
たまには自分の心配をしなよ、と坂羅井はいつも彼に言っている。
そう言う坂羅井自身も、実はいつも高根沢や作崎、そしてファンの事ばかりを心配している癖に、本人は自分のそう言う『優しさ』に気付いていない。
こんな高根沢には自分が傍に着いていなければ駄目だ、と坂羅井は思い込んでいる。
『ALPEE』の健康管理を担当(?)している坂羅井は、自分が煩く言わないと医者にも行かない高根沢と作崎(特に作崎は医者嫌いである)の世話人を自認している。そして、そう言う事が結構好きだったりする。
「私の事はご心配無用ですが………坂羅井さんや作崎さんから、高根沢さんのスケジュールを減らすように、とお叱りを受けました。高根沢さんは、どんな仕事でも絶対に手を抜かないからって」
棚の上が言いながら困った顔をしている。坂羅井と作崎に助けを求めていた。
何とか高根沢さんを止めて下さいよ、とその眼が訴える。
「高根沢、駄々を言っちゃ駄目だよ〜ん!棚の上が困ってるよ〜ん!」
坂羅井が子供を叱るような口調で言った。
「そうでい、そうでいっ!それに刑事さん達だって大変でぃっ!」
作崎が言うと、それまで黙って成り行きを見ていた祐介が、高根沢に雰囲気の似た微笑を浮かべて口を開いた。
彼は勿論、高根沢の生命を守る為に、沢木と共に彼の身辺に着いている。
「我々はそれが仕事ですから、お気遣いは要りませんが、無理は行けませんよ」
高根沢は祐介に軽く頭を下げて、「すみません」と詫びを言った後に続けた。
「棚の上の気持ちは有難いと思っている。ただ、受けた仕事は責任を持ってこなしたい。我儘を言って悪いと思うが、そうさせて貰えないか?今回だけ例外、と言うのは駄目なんだ。頑固だと言われても仕方が無い。融通が利かないのさ」
「高根沢、それがお前の良い処でもあるんだよ〜ん♪だけど、無理をしちゃ駄目だよ。昨日も徹夜してるんだから。今日は適当に切り上げてね。明日も此処でLIVEだし♪それから、生命を狙われてるって事、絶対に忘れないでよ!自分だけの生命じゃないんだからね♪」
坂羅井がにっこりして諭した。
「ったくしょーがねーな〜。結局、坂羅井は高根沢のやりたいようにやらせちまうんでぃ。高根沢、今日は社長に 着いて行って貰いな。社長には頭上がんねーだろ。ね、社長!高根沢がちょっとでも無理しているようだったら、引きずってでも家に返して下さい」
作崎にこう言われた『WMP』社長の野槙は、ニッと笑って頷いた。
「棚の上は、坂羅井と作崎を送り届けてくれ。お前はそのまま帰って休んでいい」
「でも、社長………」
「いや、お前は今日は身も心もゆっくり休めた方がいい。それに私もたまには現場を覗いてみたいのだ。アイドルも近くで見れるしな」
これは野槙一流の思い遣りの裏返しなのだ。彼がアイドルなどに興味を持っている訳が無いのは、誰もが知っている。
棚の上の疑いの眼に、野槙は畳み掛けるように言った。
「真山由紀ってのは、あの玉井君とスキャンダルを起こした娘だろう?どんな娘か見てみたいのさ。ただの野次馬心だよ、棚の上。1日だけ私と交替してくれ」
野槙が『頼む』と顔の前で両手を擦り合わせたので、棚の上は吹き出した。
野槙は別に真山を見たい訳ではない。棚の上が変な遠慮をしないようにと言う配慮なのだ。
彼は『WMP』を作る前は、『ALPEE』のマネージャーをして来た人物だ。そう言う人だから元々現場志向である。
現場の人間の辛さも知り尽くしている。
だから、スタッフへの思い遣りは深い。
高根沢も野槙の思いが解っているから、冗談めかして棚の上に言った。
「社長に頼まれては、嫌とは言えないよな、棚の上!」
棚の上の肩を軽く叩いた。

 

− (3)へ続く −