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tears for you

 

(4)

 

「玉井浩史、28歳………元・人気バンド『安楽椅子』のリーダー。半年前、人気アイドル歌手・真山由紀のマンションから出て来た処を写真週刊誌にキャッチされ、玉井に妻子があった事から、彼だけがすっかり悪者扱いされ、スキャンダル好きなマスコミの恰好の餌食となった………『安楽椅子』の人気は彼が1人で担っていたのであっと言う間に人気は落ちた。自棄になった玉井はヘロインにはまって堕落し、その為にメンバー間で摩擦が起きて、彼らはついに解散に陥った………最近では玉井の行方はすっかり解らなくなっている、と言う話です」
祐介は資料を一気に読み終えた。
「そのスキャンダルの相手の真山由紀さんは、今、高根沢さんがプロデュースを手掛けている歌手ですよね」
「確かにその通りだけど………彼女は関係ない。そもそも彼女のプロデュースを非公式ながら頼んで来たのは玉ちゃんだったし…俺が『AFFECTION』をデビューさせた直後の事で、その時は実現しなかったけれど……でも、彼はその件に関しては非常に熱心で、彼女をこの世界で長く生き続けられる実力派のヴォーカリストに育てたい。しかし、自分にはそれが出来ない……彼女に厳しく接する事が忍びなくて、辛過ぎるから、と……」
日頃から玉井の事件の事で密かに心を痛めていた高根沢は、辛そうに溜息を衝いた。
「すると、高根沢さんは、玉井と真山さんの交際の事実を知っていらしたんですね?」
祐介は静かに訊ねた。
「俺は彼が妻帯者である事を知っていたから………2人の関係を手離しで喜ぶ事はとても出来なかった。傷が深まる前に別れた方がお互いの為だと彼を諭した事もある。でも、それで彼が俺を恨んだりする筈が無い」
「しかし、彼はヘロイン中毒になっています。これは、本庁の方で調査済みの事実です。高根沢さんに身に覚えが無くても、彼の方で幻覚症状を起こして、被害妄想から勝手に貴方を憎んでいるとも考えられなくはありません」
高根沢の顔から血の気が引いた。
動揺したのか、ソファーの後ろに立て掛けてあった愛用のギターを引き寄せて胸に抱えると、彼は小さく呟いた。
「まさか……そんな。玉ちゃんがヘロイン中毒……?俺は信じたい。最後の1人になっても………」
「そろそろ音合わせをお願いしたいんですが」
舞台監督が廊下から顔を出して、『ALPEE』の3人を促した。
高根沢は祐介達3人の刑事に一礼をすると、横から坂羅井と作崎に支えられて立ち上がった。
祐介はそれを見送りながら、原に玉井の行方を追ってくれ、と頼んだ。
「高根沢、わたしも玉ちゃんを信じるよ〜ん♪だから、力を落としちゃ駄目だよん」
「そうでい、そうでい!おいらも玉ちゃんがお前を殺そうとしてるなんて考えたくもねぇやいっ!」
廊下に出ると、高根沢の両脇から、坂羅井と作崎が彼を元気付けるように言った。
その日のリハーサルは3人がまるで全てを忘れ去ろうとしているかのように、ギターを弾きまくり、本番さながらの力が入った物になった。
坂羅井と作崎が高根沢と同じように、一緒になってその心を痛めていた。

 

 

コンサートはオーディエンスの熱狂の中、無事に終了した。
高根沢はブーツを履いて右足の怪我をカモフラージュしていたので、昨日来ていなかったオーディエンスは彼の足の故障に気付かなかった。
この日のコンサートが終わると、東京方面は暮れの武道館までご無沙汰になるので、『ALPEE』の3人もアンコールをいつもより1回増やして観客に答えた。
高根沢は息を弾ませて楽屋に戻った。
3人はいつもならコンサートの後はhighな状態で戻って来るのだが、今日は違った。
ステージの袖に下がった処で、護衛に付いていた祐介と沢木の姿を見付ける度に現実に引き戻されるからである。
コンサートが終わって25分後には、全ての観客が会場を後にした、と言う報告が三原署の早瀬から齎された。
「高根沢さん、玉井の行方がまだ掴めていませんので、暫く他のメンバーの皆さんと此処で待機していて下さい」
汗を拭いて私服に着替えた彼らに、祐介が近付いて来て言った。
「でも、まだ彼が犯人と決まった訳では無いでしょう。俺は最後まで彼を信じる!」
高根沢が真っ直ぐに祐介の眼を見た。
坂羅井が彼の横で大きく頷いている。
「高根沢さん、これだけは黙っていようと思っていたんですが………………実は、今日の午後、玉井が売人から拳銃を買った、と言う情報があります。それに、玉井が渋谷の駅前で警官を見て、慌てて逃走したと言う報告が入っています。すぐに緊急配備をしましたが、見付かっていませんので、恐らくこの近辺に潜伏している筈です」
祐介は静かに高根沢に答えたが、その眼には有無を言わせぬ強い光が宿っている。
その時、制服警官が開けっ放しの楽屋のドアから沢木の所に駆け寄って来て、何やら耳打ちをするとすぐに走り去って行った。
沢木がずっと組んでいた腕を解いて指示を始めた。
「風見、防弾チョッキは身に付けているだろうな?」
「はい」
「気を付けろよ。銃撃戦になるのは間違いない。お前の腕ならハジキだけを撃ち落とす位は訳の無い事だろうがな………身体の方は大丈夫だな?」
沢木は気遣うような表情で祐介を見た。
「大丈夫ですよ」
と微笑んで見せた祐介に、沢木は頷いた。
「外の売店の撤去が終わったそうです。機材の搬出も少し待って戴いていますので、皆さんは私達が戻るまで、暫くの間この部屋から出ないようにして下さい」
沢木と祐介は、棚の上に鍵を閉めてなるべくドアから遠い所にいるようにと言うと、廊下へ出て行った。
高根沢はその2人を追うように出て行こうとしたが、作崎が彼の前に立ち塞がるようにして止めた。
坂羅井は高根沢の左大腿部にしがみ付いている。
その間に棚の上が楽屋のドアの鍵を閉めた。
「高根沢、行ったら駄目だよ〜ん!もしも、万が一にも警察の言う事が正しかったら、高根沢、殺されちゃうんだ よ。そんな事になったらどうするの?」
「坂羅井やおいらだけじゃねーよ!ファンやスタッフ達を悲しませんなよ。おいらだって玉ちゃんを信じてぇよ。高根沢の気持ちだって痛い位、解ってるんでぃ。でも……ここで、終わるのを待ってようよ。なぁ……高根沢、解ってくれいっ!」
2人掛かりで止められては高根沢もソファーに深く埋まるより他なかった。

 

 

出口まで辿り着いた時、祐介は沢木と顔を見合わせて頷き合うと、胸ポケットから取り出したサングラスをした。
そこで沢木が持っているトランシーバーが鳴り出した。
『デカ長!玉井を確認しました!そこから30m先の木陰に潜んでいます。今、我々は彼の左右を固めた処です』
原の緊迫した声が流れた。
「了解!我々は今から此処を出る。風見が奴の拳銃を撃ち落とすまでは、危険だから手を出すな!いいな?」
沢木の指示が終わると、祐介はそっと通用口のノブに手を掛けた。
「デカ長、行きます!」
高根沢に成り済ました祐介が外に出た。沢木は拳銃を手にして、中から援護する体勢になった。
祐介は前方の木の辺りに気を配りながら、さり気なく関係者専用の駐車場の方へと歩を進める。
5〜6歩進んだ時にそこで何かが一瞬火を吹いたのを、祐介は眼の端で見ていた。
次の瞬間、彼は横っ飛びに弾丸を避けて転がった。
沢木も飛び出して、祐介の援護に入った。
次から次へと祐介の周辺に弾着する。
祐介は左右に転がりながら、1回だけ引き金を絞った。
狙い違わず、狙撃者の武器は弾き飛ばされた。
「風見!相変わらずさすがだな!」
沢木は賞賛の声を残して駆けて行った。
が、祐介は立ち上がる事が出来なかった。身体にある異変が起きていた。
立ち上がり掛けた処で、突然バランスを崩したかのように蹲る。
祐介は『ついに…来たか……』と悔しげに呟いて、そのまま苦しそうに喘いだ。
それを見て、通用口のドアの内側で何時の間にか楽屋から抜け出して外の様子を見ていた『ALPEE』の3人が走り出た。
どうやら無理矢理に楽屋を飛び出して来た高根沢を他の2人が追って来たものらしい。
坂羅井は医大出らしく素早く祐介に駆け寄り、そっと抱き起こした。
アスファルトに夥しい血が散っている。
唇を覆っている指の隙間から血が溢れ出し、祐介は肩で呼吸をしていた。
「刑事さん!大丈夫?どこを撃たれたの?」
祐介は坂羅井を見上げて喘いだ。
「どこも……やられてないから大丈夫ですよ」
「じゃあ、やっぱり喀血したんだね?胸を病んでいる人はあんなに激しく動き回っちゃ行けないんだよん」
坂羅井はハンカチを彼の口元に当てた。
祐介は坂羅井の言葉に答えられない。
痛み止めが切れた為に、作崎に支えられて来た高根沢が、蒼褪めた顔色のままで祐介の横に立った。
「君は俺に似ているな。怖い位だ………」
高根沢がルックスの事だけを言っているのではない、と言う事はその場にいる誰にも解った。
「棚の上、救急車を!」
後から追って来た棚の上に高根沢は背を向けたまま声を掛けた。
「いえ……大丈夫です。ちょっと口の中を切っただけですから」
祐介はゆっくりと起き上がって、20m程離れた沢木達の方を見た。
乱闘が収まり掛けている。
「だめだよ〜ん。わたしの眼はごまかせないよ〜ん!」
坂羅井が祐介の肩を抑えて止めた。
「そう言う事にして置いて下さい……お願いですから」
祐介はそう言い置くと、立ち上がって仲間達の所へと歩いて行った。
高根沢達も彼の後を追った。

 

 

玉井浩史は乱闘の後を思わせる青痣を顔に作って、警官に引き立てられて来た。
その途中で祐介の後ろから着いて来た高根沢達と出逢った。
彼は高根沢と祐介の顔をまじまじと見比べてから、ゲラゲラと笑い始めた。
その瞳は尋常ではない。異常性格者の危ない光を宿している。
「玉ちゃん……なぜだ?何故、俺を殺さなければならないんだ?」
高根沢は掠れた声で問いながら彼の眼を見たが、玉井は高根沢と視線を合わせようとしなかった。
笑いが突然止まり、その表情に凶暴な色が走った。
「なぜだ、だと?それはお前の心に訊いてみろっ!」
喚き散らす玉井の姿は、今まで『ALPEE』の3人が見た事も無いものだった。
「玉ちゃん、あのすきゃんだる事件の事を言ってるのなら、それは誤解だよ〜ん!高根沢が2人の関係を洩らしたとでも思ってるの?わたしも作崎も、今日刑事さんと高根沢の話を聞くまで、高根沢があの記事の出る前に2人の事を知っていたなんて思っても見なかったんだよ……だって、高根沢はそんな事ひと言もわたし達に言わなかったもの……高根沢がそんな大変な事を安易に人に言い触らす訳が無いでしょ?どうして信じられなかったの?わたしには玉ちゃんの考えている事が解らないよ〜ん!」
坂羅井が哀しげな眼で玉井を見詰めた。
玉井は再び高笑いを始めた。正気の沙汰では無かった。
警官が彼を引きずるように連れ去って行った。
「玉ちゃんっ………!」
作崎が泣くような声を上げた。が、それ以上声が続かなかった。
彼の肩を借りていた高根沢が、急に力を失ったように後方へ倒れ掛けたからである。
作崎は慌てて棚の上と一緒に気を失った高根沢を支えた。
坂羅井は高根沢の脈を取ってから、痛ましげに彼の額に掛かった前髪を掻き上げた。
「だいじょうぶ。過労と極度の心労のせいだと思うよん。その内気が付くよ。とにかく休ませて上げようね♪……いつも気丈な高根沢なのに、よっぽど今回の事は堪えたんだね。可愛そうに………」
言い終わった処で祐介と眼が合った。
祐介は『血を喀いた事を言わないでくれ』と眼で牽制している。
坂羅井は違う事を言った。
「刑事さん、ありがとう。刑事さんが言った事が正しかったね。麻薬の恐ろしさが改めて良く解ったよ〜ん。あの玉ちゃんがあんな風になっちゃうなんてね………」
ショックを受けているのは、高根沢だけではなかった。
坂羅井も作崎も同じだ。
この後の彼らは、いろいろな形で麻薬撲滅キャンペーンを展開して行く事になる。

 

 

玉井は警察病院に強制入院させられ、ヘロインの中毒状態を脱して正気に戻り、懲役5年の実刑判決を潔く受け、服役した。
それから今までの5年間、 高根沢は何度も面会を申し入れたが、玉井は恨み言を言っては面会拒否を繰り返した。
最近になって高根沢は看守から、彼が精神病院に入った事を知らされた。
間もなく刑期を終える筈だったのに、その矢先だった。
「貴方に恨み言を言っていたのは、本心からではなかったのです。玉井は、正気に戻ってからは自分のした事の重大さに気付いて、とても高根沢さんに合わせる顔は無い、と自責の念に駆られていたようです。ここ2ヶ月程、彼の言動がおかしくなって来て、作業中に突然凶暴になって、囚人仲間を傷付け、独房に入れても暴れ回るようになりました。逮捕された時のヘロイン中毒の症状とは根本的に違います。医師の診断では、もう正気に帰る可能性はゼロに近い。一生を精神病院に中で朽ちさせる事になるだろう、と。自分を責めて責めて責め抜いて、ついに自らの心を殺してしまったのですな」
「彼をそこまで追い詰めたのは、俺なんでしょうか……?」
高根沢は唇を切れる程に噛み締めた。
「貴方が気にする必要はありません。ただ、もう彼に逢う事は諦めて下さい。貴方がもっと傷付くだけですよ。今 度は貴方の繊細な心が壊れてしまいます。私位の年齢になると解るんですよ」
50代後半の看守は柔らかく微笑んだ。
「それに、ね。玉井は喜んでいましたよ。貴方の力で真山由紀がアイドルから脱皮して、ヴォーカリストとして成功した事を……」
高根沢は段々と上の空になって、玉井との思い出をまさぐった。
惜しい才能を失ってしまった、と思う。
彼の帰りを待ち続けていたのに………

 

 

*   *   *   *   *

 

 

何時の間にか見失ってしまった君

待ち続ける都会の人ごみ…

そして感じる孤独の中

ふと気付けば心が零れ落ちる

 

君に捧げる涙はいつしか涸れて

還る事を信じ続けた日々が遠くなる

 

 

もうこの世界に還っては来ないだろう彼に捧げたのが、この『tears for you』だ。
そして、もう1人の『you』は、早逝した風見祐介である。
事件後、半月程した頃、高根沢は徹夜明けのレコーディングスタジオで読んだ新聞の片隅に彼の死亡記事を見付けた。
前日の昼、彼らの事務所に祐介からの手紙が届いていた。
坂羅井宛で、彼が貸したハンカチをクリーニングした物と、別に新品のハンカチが同封されていた。
たまたま、事務所に寄ってからスタジオにやって来た坂羅井が、高根沢に記事を見せられて、呟いた。
「几帳面にあのはんかちを返して来たんだよ。上げたつもりだったのに。手紙にはいろいろな意味で高根沢の事が心配だ、と書かれてた。早く立ち直って欲しい、って……。自分自身がそれ処じゃない状況だった筈なのにね……」
高根沢はそれを聞いて唇を噛み締めた。堪え切れずに瞳から涙が溢れた。
急遽棚の上に葬儀の日程を確認させ、忙しいスケジュールの合間を縫って3人は告別式に参列した。
祐介が遠からずやって来る自分の死を覚悟していた事は後で主治医の宮本の話で知った。
祐介の短い一生に胸が締め付けられた。
告別式の席で、彼らは心を込めて祐介の魂に美しい賛美歌を捧げ、彼を送り出した。
あれから5年が過ぎた今も、玉井の事に付随して必ず思い出される祐介に対する思いが、この曲に込められているのだ。
1人は自分を失い、もう1人は天に召され………
高根沢は大切な2人に捧げるレクイエムとして、この曲を生み出したのであった。

 

 

tears for you … 信じる事が

僕の支えだったよ

君に再び逢えるのならば

生命さえも惜しくはない

救われない心が泣き叫ぶ

ただ君に逢いたい

大切な君の面影

どうか消え失せないで

いつまでも此処に……

 

− 『 tears for you 』  終わり −