海の輝き、そして……

 

※ この小説は80000hitをGETされた夏海さまから、10000hitリクエスト小説『夏の海』、
  25000hitリクエスト小説『秋の優しい海風が頬を撫でる』の続編を『ちょっと波乱あり』で、
  とのリクエストを戴いて書かせて戴きました。

 

 

あれから僕らは改めて付き合い始めた。
お互いの仕事があるから、遠距離恋愛の感覚に近いかもしれない。
僕は相変わらずツアーで地方を回ったり、東京にいてもレコーディングに忙殺されていた。
僕がバックでギターを弾かせて貰っているバンドは、人気がある。
彼らは音楽を創り出す事に関して貪欲で、ライヴの回数も半端ではないし、レコーディングも精力的に行なっていた。
僕が尊敬しているエレキギタリストのあの人は、自分達の活動以外にも他のアーティストへの楽曲提供、プロデュースまでこなすと言う忙しさだ。
だからこそ、彼に最善の状態で仕事をして貰いたい。
僕らスタッフはその事を第一優先にしていたから、自分達のスケジュールは彼のスケジュールの元に決まった。
夏海は夏海で、新しいプロジェクトを立ち上げるとかで、忙しく駆け回っている。
連日連夜遅くまでのミーティングでくたくたになっていた。
こんな2人の時間が合うなんて、滅多にある事ではなかった。
たまに休みがあっても、夏海は会社に出て行く。だからデートもいつも時間に縛られていた。
10年間分の埋め合わせどころじゃない。
逢いたい時に相手はいなかった。
お互い様なのだが、僕はそんな生活に疲れ始めていた。
最近、僕の尊敬するあの人が結婚をした。
僕らと同じような擦れ違いを繰り返し、1度は別れたその人と。
結婚して一緒に住む事で、擦れ違いの時間を少しでも減らす事にあの人は成功したのだ。
同じように忙しい生活を送っている筈なのに、あの人の表情は確かに穏やかさを増した。
家に戻ると愛する人が部屋に明かりを灯して待っている。
そんな生活があの人の身も心も癒しているらしい。
今のあの人は輝いていた。
僕はどうなんだろう?夏海と一緒になってやって行けるのだろうか?
彼女と再会して1年の時が過ぎ、僕はそんな現実的な事を考えるようになっていた。
僕はあの人とは違う。同じようになれるとは限らない。
今だって、僕はミュージシャンと名乗ってはいるが、バンドのバックメンバーに過ぎず、あの人のようにスポットライトを浴びる事は無い。
夏海は自分の会社を持って、男性と肩を並べてバリバリと仕事をしている。
いっそ一緒に部屋を借りて彼女と暮らそうかとも思ったが、仕事の時間帯が違い過ぎる、と夏海に突っぱねられた。
互いに自分の仕事が面白くてたまらない。
当然仕事第一優先の生活だから、確かに一緒に暮らせば相手の邪魔をする事になりかねない。
でも、それでは、僕と夏海の関係は何なのだろうか?
友達以上恋人未満のままなのではないか……。
もっと夏海を独占したいと思う僕が間違っているのだろうか。
もっと傍にいて欲しい……。
もっと夏海のぬくもりをこの手に感じていたい……。
夏海に心を奪われて、大事なレコーディングでのミスが何度も続いた。
ついに憧れのあの人から、『そのフレーズは俺が弾くから』と言われてしまった。
元々彼らはレコーディングではメンバー3人だけで全ての楽器を演奏して済ませて来た人達だった。
だが、最近はグルーブ感を大切にしたいから、とライヴでのバックメンバーをレコーディングに採用してくれていたのに……。
僕は絶望感に打ちひしがれた。
夏海にいて欲しいと強く、思った。

 

 

だが、夏海の携帯電話は『電波が届かない所にある』と冷たい言葉が流れて来るだけだった。
業を煮やした僕は、夏海が嫌がるのを承知で、彼女の会社に電話をした。
すると……彼女はインドネシアに出張していた。
仕事に煮詰まって、初心に返る為、と言う事らしい。
そんな時に相談するのは俺ではなくて…過去の思い出なのか?
僕はどうかしていた。多分嫉妬心だったのだろう。
僕はレコーディングスタッフに電話を掛けて、一方的に『3日間休みます』と言うと、電話の電源を切ってしまった。
そのまま空港に行って、飛行機のチケットを求めた。
気が付いたら僕はインドネシアに向かう飛行機の中にいた。
手に夏海が泊まっていると言うホテルの名前を書いたメモを握り締めて……。
僕は何て情けないのだろう?
もしこの事で、バンドを首になっても構わない。
そこまで思い詰めていた。
今の僕には夏海の事しか頭に無かった。
夏海はホテルの部屋にいなかった。助手と一緒に出掛けているらしい。
僕は止むを得ずロビーで待つ事にした。
2時間近くそのまま待った。
長かった……。
その場で叫び出したい衝動に駆られて居ても立ってもいられなくなった頃、夏海は助手と共に日焼けした顔でロビーに現われた。
男性の助手と明るい顔で大きな荷物を肩に戻って来た夏海は、立ち上がった僕の姿を見て、その笑顔を怪訝な表情に変えた。
助手に一言二言声を掛け、荷物を預けた夏海は、そのままフロントに寄らずに僕の方に向かって来た。
「何をしているの?こんな所で」
夏海の第一声だった。
少し冷ややかな感じがした。
「夏海に逢いに来たに決まっているじゃないか?」
僕は立ち上がるとたまらずに夏海を抱き締めた。
「な…人が見てるわ。離して!」
夏海がもがいた。僕は仕方なく力を緩めた。
夏海は僕の腕を擦り抜けて、距離を置いてソファーに座った。
「レコーディング中だった筈でしょ?!早く終わったの?」
「いいや、終わってない」
僕の表情は多分歪んだだろう。
夏海はそれで大体の事を察したらしい。
「上手く行ってないのね。逃げ出して来たの?」
「違う!夏海に逢いたかった。居ても立ってもいられなかったんだ」
「どうして?!貴方、レコーディングにも使って貰えるようになった、ってあんなに喜んでいたのに。信頼して貰えた、って言ってたのに。そんな顔は見たくなかった……どうして来たの……」
夏海が突然ぽろりと涙を流した。
僕は動揺した。
「こんな時に貴方の顔を見たら……決心が鈍るじゃないの……」
「えっ?!」
「貴方も私もこのままじゃ駄目になると思ってた……。だから此処は少し距離を置いて、お互いに 仕事に力を入れた方が良いのではないか……。それを決意する為に私は此処に来たのよ。勿論、仕事も合ったけれど……」
夏海は重そうな彼女の荷物を背負って部屋に上がって行く助手の姿を眼で追った。
「距離を置く、って……別れると言うのか?」
「そうね……そうとも言うわね……」
夏海は溜息をついた。
「お互いに仕事が面白い時期で、碌に逢う事も出来ない。私よりも貴方が逢えない事に拘っている。実際、貴方は仕事を放り出して、インドネシアまで私を追い掛けて来た……。折角掴んだチャンスを、今貴方は逃そうとしているのよ」
「…………………………」
「私は1年前に貴方が尊敬する人と仕事をさせて貰ったけど、あの人のオーラは凄かった。並大抵の 人ではないわ。あの人を目標としている以上、貴方は前に進んで行けると確信した……。それなのに、今の貴方は何?!………私が、貴方を駄目にした。そう思うの」
「違う!俺は夏海と一緒にいたいんだ……ただそれだけなんだ」
「逃げでしかない……私にはそうとしか見えないの」
夏海は突き放すように言った。
「帰りなさい。今すぐ。今ならまだ許して貰えるかも知れないわ」
「夏海……」
「お願いだから、帰って!私のせいで貴方が駄目になったなんて、思わせないで!」
「…………………………」
「私にとって、それ程哀しい事はないわ………もう逢わないつもりよ。いつかまた偶然が私達を三度出逢わせてくれるまで……。さようなら……元気、で、ね……」
最後の言葉は涙で途切れた。
夏海は足早に走り去って、僕の視界から消えた。

 

 

僕は結局、日本に引き返し、メンバーに頭を下げて、再びレコーディングに参加する事が出来た。
今ではその事はスタッフの中でも笑い話になっている。
帰国してから、僕は敢えて夏海に連絡をしなかった。
彼女の涙が初めて逢った夏の海のように輝いていた。
もうその涙を流させたくはなかった。
綺麗な涙だったけれど、見るのが辛かったのだ………
夏海は相変わらず第一線での活躍を続けている。
益々仕事に脂が乗って、雑誌やテレビにも颯爽と登場していた。
それを眼にする度に、僕も負けてはいられないと心を奮い立たせている。
憧れのあの人が、ギターのインストゥルメンタルアルバムのPART2を発表する事が決まり、そのアルバムに誘ってくれた。
そのアルバムにはしっかりと僕の名前も書かれ、2人でTVに出演する事も有り得ると言う事だ。
今はその期待に答えたい。
ギタリストとして、僕はきっと飛躍する。
それが夏海に対する答えだと……今は、思いたい。

 

− 終わり −